「『せつなさのシーグラス』、かぁ。シーグラスってたしか、海辺で拾える、ガラスのかけらが角を丸くして宝石みたいになったやつだよね?」

「うん。この本を選んだのには、ちゃんと理由があるんだ。前にも言ったけど、僕は恋愛小説って、あんまり共感できない。でもだからこそ、水野さんみたいに感情をしっかり物語に重ねて読める人の感想を、聞いてみたくてさ」

 彼女がどう感じるのか。あの本のどこに心が動いたのか。僕とは違う目線で――。

「うわぁ、それ言われたら、めっちゃ緊張するんだけど!」

 結夏は、買ったばかりの文庫本を大切そうに両手で包み込むようにして抱きしめた。

「そんな、大げさな。骨董品じゃあるまいし」

「だってさぁ、橋場くんがそんなふうに言うからだよ!」

「いや、ほんとに、いつも通りでいいから。無理に構えないで、普通に読んでもらった方が、嬉しい」

「えへへ、了解。でも、やっぱりすごいよ。そうやって本を通して誰かの考えを知ろうとするなんて。読書に貪欲だね」

「貪欲って……それ、君に言われたくないけどね」

 そう言いかけて、僕は飲み込んだ。結夏にそう思わせたのは、他でもない彼女自身だったのだから。

「でもね、実は今読んでる途中の本があってさ。この本を読むの、少しあとになっちゃうかも」

 結夏はぺこりと頭を下げて、申し訳なさそうに笑った。

「いいよ、全然。急いで読んでほしいわけじゃないし」

「私、一冊読み終わってからじゃないと、新しい本に手を出せないんだよね。ストーリーが混ざっちゃいそうで」

 たしかに、彼女のあの丁寧な読み方なら、なおさらだろう。
 今回この本を選んだのは、たまたま書店で目に入ったというのもあったけど――それ以上に、結夏がどんな感想を持つのか、すごく気になったからだった。

 というのも、この『せつなさのシーグラス』は、僕にとって不思議な本だった。
 読み終えても、心の中にしこりのようなものが残って、素直に「面白かった」と言えない。
 けれど、何日も経ったあとでも、ふと思い出してしまう。
 自分の中に何かを残していった――そんな本だった。

「橋場くんは恋愛小説に共感できないって言ってたけど、この本は好きなんだね?」

 結夏がそう訊いてきたとき、僕は少し黙ってから、短く答えた。

「……君の感想を聞いてから話すよ。先入観を与えたくないし」

「ふふっ、そっか。じゃあ、素直に読むね。楽しみにしてて」