「ふぃー、買った買った!」

 結夏は両手を伸ばして、座席の上で小さく背伸びをした。

 車窓の外には、すでに小さな街を離れた風景が流れていて、遠くには緑の山々が広がっている。

 書店を出た僕たちは、そのまま駅へ向かい、今は電車に揺られていた。寄り道したあとのこの時間帯は、ワンマン列車でもわりと乗客が多い。

「それにしてもさ、橋場くんと降りる駅が同じだったなんて、びっくりだよ」

 結夏は本当に意外そうな顔でつぶやいた。

「いや、前に君、僕の住んでる場所を訊いてきたよね? だから知ってたはずじゃないの?」

「それでも実際に一緒だったらびっくりするって! ほら、言葉にすると地名ってあんまりピンと来ないし」

「……そういうものかね。でも僕も、水野さんは街の方に住んでると思ってたよ」

 僕の家の近くには神社と池と、あとは田んぼくらいしかない。
 SNSで流行の話をしているような都会的な結夏には、まったく似合わない土地だ。母校の小学校もすぐ近くだけど、結夏という名前の子は同学年にはいなかった。そもそもクラスは一つしかなかったし。

 中学からは電車通学だったけど、こんな目立つ雰囲気の子を見かけた覚えはない。いくら僕が他人に関心が薄いとはいえ、彼女みたいに存在感のある子なら一度見れば記憶に残るはずだ。だから、きっと彼女がこっちに来たのは高校からなんだろう。

 ただ、近所で誰かが引っ越してきたという話も聞いたことがない。それが少しだけ、引っかかっている。

「でもさ、二週間も経つのに、こんなに一緒の路線で会わなかったの、不思議だよね」

 僕は、その違和感をぶつけるように言った。

「……二週間? 何の?」

 結夏はちょっと眠たげな声で首をかしげた。
 元気に動き回ってるぶん、こういう電車の揺れには弱いのかもしれない。

「ほら、僕と君が、初めて話した日からだよ」

「ちがうよ」

 結夏はふっと笑って、少しだけ目を細める。

「私と君が“友達になった”日から、二週間。でしょ?」

「……う、うん」

 その言い直しに、僕はちょっとだけ動揺した。

 でも、そういえば――彼女って、最初からこういう人だったな、と思う。

 誰にでも分け隔てなく笑って、自然と懐に入ってくるような親しみやすさ。明るくて、ちょっと強引で。それでいて、なぜか不思議と嫌な感じがしない。

 結夏の距離の詰め方は、たぶん彼女にとっては当たり前のものなんだ。

 きっと、彼女は“この星の下”にそういう性格で生まれてきただけ。

 ――ただ、それだけのことなんだろう。