結夏には言わなかったけれど、彼女が「すっごく面白かった」と言っていたその文庫本は、ちょうど僕たちくらいの年齢をターゲットにした若者向けのレーベルから出ている小説だった。
 正直言うと、僕も最近読んだ中では断トツに好みだった作品だ。
 けれど昨日、その本がテレビで紹介されて一気に話題になっているのを見た瞬間、ひねくれ者の僕は急に「好きだ」と言いづらくなってしまった。
 流行に乗っているように思われるのが、なんだか癪だったのだ。

 でも、目の前の彼女は違った。
 テレビで見て気になって、すぐに本屋で買って、一晩で読み終えて大好きになったと、臆面もなく笑顔で語った。
 図書室にリクエストまでして、図書委員になって皆に勧めようとしているなんて――。

 そんな彼女のまっすぐさに、僕は少し驚いて、そして羨ましくなった。

 たぶん、それが決め手だったんだと思う。
 本ばかりを大事にしてきた僕が、彼女のことを「気になる」と感じた理由は。
 あの本を素直に「大好き」と言える、その裏表のない真っ直ぐな姿に、僕は惹かれていたのかもしれない。

「今の“わかったよ”って、友達になってくれるってことだよね?」

 ニヤニヤしながら聞いてくる彼女に、僕は小さくうなずいた。

「だから、そう言ってるじゃん」

「おー! 君、ぶっきらぼうだー! いけないんだー!」

 大げさに騒ぐ彼女を、僕は少しだけ目を細めて見た。

「でも、もう撤回はナシだからね。好きな本の話ができる、貴重な相手なんだから。さっきの“友達なんていない”って発言、ちゃんと覚えてるから。ひねくれたその性格、私が責任持って治してあげる!」

 結夏はそう言って、満面の笑みを浮かべた。

「私が君の友達になってあげる」

 ――桜の花が舞う、四月の出来事だった。