「とつぜんだけど、僕が猫のブックスタンドを買おうと思ったのは、たぶん最後に読んだ本の影響かもしれないんだ。喋る黒猫が出てきて、読んでて楽しかったから」

 少し気まずさをごまかすように、話題を変えてみた。

「ホントに突然だね……って、喋る黒猫!? ちなみにそれ、なんて本?」

 彼女が思いのほか反応してくれて、僕は少し安心する。

「『クローバーと君がくれた夏』って本。僕が読み終わったのは三日前だけど、昨日テレビで紹介されて、今ちょっと話題になってるらしい」

「えっ!? ええっ!?」

 彼女は驚いて、少し跳ねるようにして立ち上がった。

「私、昨日テレビで見て、すぐに近所の本屋に買いに行ったんだよ! そのまま一晩で読み終えちゃったの! えー、すごい! こんなことあるんだね、奇遇!」

「そんなに?」

「あの本、すっごく面白かったよ! 感動したし、特に最後の花火のシーンなんか……もう泣いた。私もいつか、あんな不思議で切ない夏を過ごしてみたいって思っちゃった」

 彼女はちょっと照れくさそうに笑ってから、勢いよく宣言した。

「だからね、あの本を図書室に置いてもらうようにリクエストしたの! 二学期になったら、図書委員になって広めようかなって!」

「ふっ……」

 僕は吹き出しそうになった。

「図書委員になる理由が、それ?」

「だって、本当にいい本だったもん! キャラも立ってたし、あの物語を読んでから、夏って案外いい季節かもって思えたんだよ」

「やめといたほうがいいよ。僕も中学のとき図書委員やったけど、たぶん君が思ってるよりずっと面倒だよ」

「え、本が好きなのに?」

「それとこれとは別かな。図書館の本って期限があるから、ちょっと苦手でさ。締切に追われてる気分になるんだよね」

「へえ。意外な弱点じゃん。それって、アキレス腱の由来になった神様みたい」

 妙に知識のあることを言って、彼女は「思いついた!」と言わんばかりに手を叩いた。

「じゃあさ、こうしよう。君が図書館の本が苦手だってこと、ばらされたくなかったら……私と友達になってよ!」

「……だから、そういう条件は全然脅しになってないよ。それに……」

 僕は少しだけ声を落とした。

「人気者の君が、友達を増やしたがる理由なんてあるの? 僕みたいに教室の隅っこで本ばっかり読んでるようなやつにさ」

「うーん、それは君がそう思ってるだけだよ。話してみたら、君って案外楽しい人じゃん。最初は正直、話しかけたら舌打ちされるかもと思ってたけど!」

「……ひどい印象だな。じっさい、僕は周りの人たちからすれば、何を考えてるか分からなくて、話すのがおっかない人だよ。君がカーテンに隠れたくなるくらいには」

 僕はぶっきらぼうに答えた。

「実際僕、ちょっと目つきが悪いし」

「そうかな? 私、猫みたいで可愛いと思うよ」

「猫って……、はぁ……? そのフォローはさすがに無理があるだろ」

 可愛いと言われて感じた照れくささを、そう言ってごまかした。だけど、最近は本当に、何かと猫に縁がある。

「でも、君が自分のことをどう思ってようと、私はそういうの気にしないよ。ね、友達になろ!」

「……はぁ、わかったよ」

 僕は、ほんの気まぐれで頷いた。いや、本当は――もう少しだけ、彼女と話していたかったのかもしれない。