「唐突だけど、僕が猫のブックスタンドを買おうとふと思いたったのは、特に、一番最後に読んだ本がきっかけかもしれないんだ。喋る黒猫が出てきて、読んでて楽しかった」
 そんなふうに話題を逸らすことを試みる。
「ホントにとつぜんだね。……って、喋る黒猫!? ちなみにそれ、なんて本?」
 不思議と興味を示した様子の彼女に僕は答える。
「『クローバーと君がくれた夏』って本。なんかさ、僕が読み終わったのは三日前だけど、つい昨日、テレビで紹介されて話題になってるらしいね」
「えっ!? ええっ!?」
 彼女はすごく食いついた。それどころかその場で飛び上がっていた。釣りが趣味の人って、こういう気分なのかもしれない。
「私、まさに昨日テレビで見て、すぐに近所の本屋さんに買いに走って、一晩で読み終えちゃったよ!? これって何だかすごい、まさに奇遇ってやつだね!」
 彼女が思ったより食いついたのは、そんな理由からだった。
「あの本すっごく面白かったぜ! だから私、こんなことを決めたくらいなんだ」
彼女は男の子みたいに言って、高らかに宣言する。
「わたし、あの本をリクエストして、図書室に置いてもらうことにしたよ。いっそのこと、二学期になったら、あの小説の良さを広めるためだけに図書委員になろうかな」
「ふっ」
「あ、また笑われたぁ。何でだよ~」
 皆にその本を布教するために図書委員になるだって?飲み物を口に含んでいなくて本当によかった。
 彼女はきっと、今みたいなその場の思いつきの繰り返しで、今の今まで生きてきたに違いない。
 僕はなるべくさとすような口調で言う。
「やめといたら。図書委員、僕も中学の時一回だけなったことあるけど、たぶん君が思ってるよりもずっと大変だよ」
「え、本が好きなのに?」
「うーん。それとこれとは話が違うよ。ちなみに、白状すると、図書館で借りた本を読むのは、締切に追われるようであまり得意じゃないんだ」
「へぇ。それはすごい情報っていうか、君の意外な弱点だね。まるで、アキレス腱の由来になった神話の神様みたい」
 意外な博識さを垣間見せた彼女は、何か思いついたように手を叩いた。
「あ、じゃあさ、こうしよう。橋場君が、じつは図書館本が苦手だってことをばらされたくなかったら、私と友達になってよ」
「……だから、それは僕にとっちゃ、全く脅迫として成立していないよ。というかさ」
 僕は核心をつく事を言って会話を終わらせるつもりで続ける。
「人気者の君は、この期に及んでまだ友達を増やしたいの? クラスの輪から外れた僕からしても、とても意外だよ」
「輪から外れてるって……それは君がそう思ってるだけだよ。話してわかったけど、君、めちゃくちゃ楽しい人じゃん。正直さっきまで、何考えてるか分からなくておっかなかったし、もっとさ、話しかけただけで舌打ちとかされて、ウザいって言われて唾を吐き捨てられるかと思ったのに」
 ひどい印象だ。
「……実際僕は、周りからすれば、何考えてるか分からなくて、話すのがおっかない人だよ。君がカーテンに隠れたくなるくらいには」
 僕はぶっきらぼうに答えた。
「実際僕、ちょっと目つきが悪いし。それなりにコンプレックス」
「そうかな? 私、猫みたいで可愛いと思うよ」
「猫って……、はぁ……? そのフォローはさすがに無理があるだろ」
 可愛いと言われて感じたむず痒さを、そう言ってごまかした。しかし、最近は本当に、何かと猫に縁がある。
「それより、とーもーだーち! なってくれるよね」
「…………はぁ。わかったよ」
 しょうもないことだけど、一方的な脅しには変わりないため、僕は初めは断ろうかと思ったけど、彼女と話すうちに気が変わっていた。これも、ほんの気まぐれだった。