これは、僕が高校生の頃、故郷の田舎町で体験した出来事だ。
親愛なる、夏音へ。
突然だけど、君は考えたことがあるだろうか。
本を読むだけの人間が、もし本当の困難にぶつかったとき、その読書で得たものを、現実でちゃんと“生かす”ことができるのか――って。
高校生だった僕と彼女は、どちらも本が好きだった。
だけど、僕は現実から逃げるように、本の世界に没頭していたんだ。
それに対して、彼女は違った。
自分の運命と向き合うために、まるで呼吸をするみたいに、だけど全力で、本を読んでいた。
本で得た言葉や物語が、人生のどこかで自分を救ってくれる――
そんなふうに信じられることが、僕にはまだできなかった。
だけど。
これから話す僕たちの物語には、その答えがちゃんと詰まっている。
学生だったからこそ、抱えた不安や焦りがあった。
大人になる前にしか見えない景色もあった。
僕たちが本を読み続けたことは、決して無駄じゃなかった――
今ではそう、胸を張って言える気がしている。
これから語ることは、父親として語るにはちょっと恥ずかしい内容もあるけれど。
でも、全部伝えたい。全部、残したい。
これは、夏の似合う彼女と、本にしか興味がなかった僕の、最初で最後の恋の物語。
そして――
運命に、たしかに抗った、二人の高校生の物語。


