異世界転生。


 本来であれば交差することの無い並行世界で死んだ人物が異なる並行世界にて生まれ変わり人生を始めること。また、魂が輪廻転生から解脱し、異なる新たな輪廻へ転生すること。


 異世界転移。


 本来であれば交差することの無い並行世界から異なる並行世界へと肉体・魂・記憶をそのままに何らかの事象により転移すること。


 今回の件は後者。チュウカと呼ばれし少年が何らかのアクシデントで異世界より転移してきた。彼の名前の由来は背負っているその大剣が中華包丁のようであることから。その他詳細はその世界の同名小説を読んでくれ。


 彼の目的は元の世界へ帰る手段を得ること。そしてその手段はこの“輝石”。ソースは枝桜氏。何でも超能力者の関連の組織や機関からの情報らしく、情報が現地にいる彼へと知らせが入った後、姫様と私へと伝わった。チュウカ少年を返す方法は、触媒として輝石を使用すること以外はすべて不明。それまでの間戦闘の相手をするのが当面の目標で任務内容だ。何でも彼は武力行使を得意としているらしいからな。


「元の世界に転移可能な日。それが夏祭りの当日なんだってさ。つまり三日後だ」


 私は双眼鏡で縁日の準備を生徒として行うルイルリカップルと枝桜樹カップルを目視にて確認しながらユメに説明をしていた。ちなみに数学の沖田もこのときばかりは賢明に働いている。建築材料の角材を肩に乗せて運んでいる。まるでイチ労働者だ。おお、がんばれ、がんばれ。


「さて、と。少年の方は探さなくても見た目だけでわかるだろう。特徴ある得物を持っているからな。それよりもユメ、レイを起こしてくれ」

「使えますかね?」

「死んでいるわけではなかろう。ちょっと働いてもらうのだよ」

「御意に」


 さてさて。それでは、作戦会議を始めますよ。総員戦闘準備を。



 ※ ※ ※

  

 翌日。また同じように学校が始まる。本日は一講義目から国語、英語、倫理、数学、昼休みを挟んで生物と進む。そして六講義目にクラスの時間となる。授業は選択科目制で時間割が個人によって異なる。しかし、ほぼ必修が決まりきっているので文系か理系で大きく違う以外は、受ける順番の問題だった。クラスというまとまりに統一感を出すため、便宜上分けられているクラスでの時間というのが週に三、四回設けられている。放課後には『崖の端祭り』の準備一色となるこの期間である。話題も当然のように祭りの話となり、さらに重大発表として『祭りの演舞・演劇』担当にクラスが任命したことが明らかにされた。『崖の端祭り』は学校祭ではないので、クラス毎の出し物はない。縁日のような出店や催し物を行えるのは精々一部の抽選で当たった部活動が数件程度なのだが、この『祭りの演舞・演劇』担当というのはさらにその中でも全校で一クラスのみが当選可能という、つまり花形担当なのである。


 さて、何をやるか。


 お題目は自由でその当選クラスに一任されている。演劇・舞台・アクロバット・バンド演奏・舞台まるごとお化け屋敷……などなど過去には様々執り行われている。決定の発表にて大盛りあがりになると同時に過去の事例を参考にした案がいくつも出された。しかし、これと言った決定案にはどれもかけているように思え、意見もいくつかに別れてしまう。何せ祭りの色を決めるような事案である。大ステージの大トリ。花火開始のタイミングまで決められる大仕事だ。そう簡単には決まらないし、決められない。下手なことができないからこその悩みであり、意見のぶつけ合いなのだが、しかし私にとってはどうでもいい事案であった。目下最重要課題は異世界転移の少年とその不可思議の起こった謎の解明なのだから。クラスに関して意見を求められる場面もあったが、私はお茶を濁した発言に留まった。ちょうどその頃にチャイムとなり、クラス委員が各自で持ち帰り検討を呼びかけ、本日はこれで解散となった。
 


「今年はヘイのクラスなのね、楽しみだわ」

「私は楽しみではないですけどね。仕事が増えた気分です」

「あ、そういえば《《お仕事》》の方は?」

「ええ。少年の存在は目視で確認しました。今は監視任務をエデン・レイに任せ、レイの監視兼指導、報告をユメに任せています。他人をなにか、こう便利に指示だけで使うなど、実に私らしくないですが、しかし本人たちが望んでいることでもあるので、まあ、好きにやらせてる感じです。扱いやすい点は楽で良いですが」


 私は放課後、姫様と紅茶にてティータイムのお供をしながら話しをしていた。実際、ユメの考えはまだわからないことが多い。読めない、読みきれないところばかりだ。ただ側に付きたいという理由は、おそらくδ世界線における関係が全てなのだろうと推測しているが、これも本人に直接確認したわけではない。元はと言えば、ユメも異世界転移者だ。消滅した世界から転移してきた彼女は、本当は今何を思うのだろう。


「姫様は、ずっとこの世界ですよね」

「? そうよ。どこかの誰かさんみたいに時間や空間を移動したりしていないわ。生まれて、育って、そのままよ」

「それにしては、その、物わかりが良すぎるというか、ええと、不可思議なこと……つまりエスエフチックな出来事に関して許容が早すぎるように思えます。まるで体験したかのように理解されてる。そのように私には見えます」

「ふーん。なるほどね。ヘイにはそう見えるんだ。ああ、そういえば、最初の三人に会う課題の理由。あれをまだ話していなかったわね」

「そうですね。それについては、私も()いていませんでした」


 確かに。それは前々から気になっていた。ぜひとも知りたい。


「あれはブラウから聞いた話だったのよ」


 ブラウ。姫様のご友人。確かフルネームが『アデル・クレア・ブラウ』さんだっけ。


「それでね、この間彼女から話をよく聞いたらブラウはあなたから話を聞いたそうなのよ。ね、不思議よね」


 なんと。それは初耳。まさか、え、私?


 確かに不可思議の最初はあの三人からで、後の全てに宇宙人と未来人と超能力者が関わっているのだが、そのきっかけが私? え、どういうことだ。私は姫の命で三人に会いに行ったが、その紹介は結局私であったというのか。わからないことが増えた。謎はますます迷宮へ向かって進んでいる。


「私はヨウヘイのことを疑わないの。大好きで、結婚したいほどに大好きだから」

「は、はい」

「どれだけ天変地異なことを言われても、何も不思議じゃないわ。私はゼロから百まであなたの行動と言葉を信じる。それでこれまで損したこととか、騙されたことないもの。間違いないわ」
 

 いつもの。いつもの言葉。いつもどおりの言葉である。そして、いつもいつも、いつものことながら、ここまで全面的に信用されると改めて言われると、ええと、そのーー。
 

「ありがとうございます。桃子お嬢様」

「いいえ。当たり前のことよ。疑うよりも、まず信じてみなさい。意外と大事よ、信じること」

「はい。肝に命じておきます」


 いつからだろう。こんなにも疑い深くなってしまったのは。私はこの時とても自分が小さく情けなく思えた。そして今までなにか思い上がるように自分が大きくなっていた虚像を見ていたのだと、そう思った。特別でもなんでもない自分自身が、なにか特別な存在ではないかと勘違いをしていたのではないか。ちょっと風変わりな同好会に身を起き、周りで幾ばくかの不可思議が起きただけで、私自身は何ら取り柄のない普通の人間だ。考えることをやめないのは大切なことだが、異変を疑って掛かり信じることまで辞めるのは違うだろう。少なくとも、タイムトラベルする前の私は周りの人間を信じていたし、大切にしていたはずだったのに私は虚像を見ていたのだと、こうしてひとり反省しているが、それすらも姫様には見抜かれているような、なんかそんな気がしていた。