姫川桃子。姫、姫様、お嬢様などなど様々な呼び名があるが、その実態は正しくお姫様であった。


 特別名位ある家の出身だとか、親が総理大臣だとか、そういうお嬢様ではないし、皇族のお姫様でもない。もちろんイチ庶民の一人であるのだが、しかして、私も彼女以上に『姫様』という言葉が相応しい女性を知らない。


 言葉が悪く申し訳ないが、スティグマされた『お姫様』というすべてが備わっていると言える。その振る舞い。歩行。姿。服装。洗練された顔から髪の先端の美しさに至るまで。百人が想像したお姫様を百人の想像をきれいに作り変える。彼女はそれほどまでに、ただ姫だった。


 そして、先程の話にあった通り、私はこの姫様に出会った当日、交際を通り越して求婚されている。


「失礼します」

「あっ! ヘイね。どうぞ、入って」 

「はい。失礼しますーーって、あっ、えっ、失礼しました…………」

「ちょっ、ちょっと。なんで閉めるのよ。いいから入ってらっしゃい、ヘイ」


 いや、しかし。


 私は油断していた。姫一人だけだと思い込んでいたので、まさかもうひとりそこに女性がいて、しかもその女性が姫の下になり、今まさに、たぶん、おそらく、キスをしていたであろうということ、が、え? ちょと、本当に大丈夫?


「もう、ヘイったら。可愛いのね」


 紹介するわ、と姫は続けた。


「ブラウよ。私の友人なの。よろしくね」


 友人のブラウさんは放心状態である。唇からは糸の様にキスの跡が姫の唇と繋がっており、その紅潮とした頬はきれいなまでに染まり上がっている。どこか息も艶っぽい。


「ええと、姫様」

「? なに、ヨウヘイ」

「くだらない質問で、申し訳ないのですが、」


 姫様はどうぞと、手を差し出す。


「そのブラウ様は、そちら側の方で?」

「いや? ノーマルだと思うわ。女の子とも初めてじゃない。ねえ?」


 ブラウさんはこくこくと頷いていた。そして何か助けを求めるような、終わってほしくないかのような目でこちらを見た。対応に困る。


「姫様。私にこれを見せたくて呼んだのですか?」

「それもある。あなた好きでしょ、こういうの」

「確かに、否定できませんが」

「本題は別よ。ヘイが来るまでの時間つぶし。どう? 羨ましいでしょ?」 

「わかりました。ありがとうございました。では、姫様、本題の方を」

「えー、もうっ。ヘイったら《《いけず》》。まあ、ちょっと待ってて。制服着るから」


 いけずって。関西じゃないんだから。


 それから二人はいそいそと服装の乱れを直した。私はその間紳士なので後ろを向いていた。準備が揃うと、二人は並んでその赤いロング高級ソファに座り直した。姫がいつもの真ん中。ブラウさんは恥ずかしそうに隅の方へ。


「じゃあ、本題ね。ヘイに調査をお願いしたいの。三択よ。超能力者と宇宙人と未来人、ヘイはどれがいい?」