「観覧車?」

「ええ、この世界に来たときにはじめに感じた違和感は観覧車でした。私の元居た世界には学校の敷地内に観覧車があるんです。見えるけど、行けない観覧車。存在するのに、しないかのような存在の観覧車」

「見えるけど……行けない」

「ええ、はい姫様。その観覧車にはこのような噂があります。愛し合う二人のみが辿り着ける。そして、未だ男女のカップルが到達した前例はない」

「つまり?」

「女の子と女の子のペア。そこはガールズラブのみが許された、百合の聖地なのですよ!」


 これを聞いた姫様は一瞬疑問を顔に貼り付けたが、すぐに安心したような、呆れたような表情を浮かべた。


「それがオーパーツかもしれない、と」

「これまで、心当たりをすべて辿って来ました。正直、自分の身に何が起こっているのかもよくわかっていません。でも、元の世界の姫様を私は助けないと。それだけは確かです。エデン・レイに襲われたままだ。この世界に来たや理由も、姫様の意図もまだわからないけど、私は帰らなければいけない」

「ヘイ様……」

「ユメ。ここの世界の私とは良い関係のようでよかったです。もう少しお付き合い願いますか」 

「愚問でございます。ヘイ様のゆくところどこへでも参ります。粉骨砕身お尽くし致します」

「ユメ、君はいったいどうしてそこまでーー」 

「それは時が来た時にまた申し上げることになると思います。それがこの先の未来か、空白の一年の間かは私にも不明瞭ではございますが」


 それはたしかにそうだ。今聞いてしまって、過去が変わり未来が変わってまた世界が変わってしまっては困る。戻ってからじっくり聞けばいい。


「行くのね、ヨウヘイ」

「はい。お話できて良かったです。ありがとうございました。私の未来でも、こんな平穏があるといいな、と思いました」

「ええ。きっと訪れるわ。良い過去と未来を」

「姫様もお元気で。紅茶ごちそう様です」



 黒川ヨウヘイと夢野根底はこうして女子大学生姫川桃子の部屋を後にした。







「……これでいいのね、ヨウヘイ」

「はい。姫様。宇宙人も未来人も超能力者もいないこの世界が羨ましいです」

「世界なんて投げ出して、私は自分を大切にしてほしいと思うわ」

「……すみません。時間です。それでは私はこれにて失礼します。ああ、姫様。タイムトラベラーはこれでもなかなか忙しいのですよ」

「私からしたら楽しそうだわ」

「もう少しで平和な世界の私、ここの世界線での黒川ヨウヘイが戻ってきます。あなたのよく知る私です。その冒険譚を聞くことは、退屈しのぎには丁度いいかと思いますよ」

「そう。それは楽しみにしておくわね」

「……ああ、私もこの時代に生まれたかった。武器を取って勇敢に戦ったあの姫様も素敵ですが、平和な世界の姫様も素敵です。どうかこの先の未来にご多幸ありますように」

「さようなら。お疲れさま、ヨウヘイ」

「さようなら、姫様」


 武装したヨウヘイは黒い粒子に飲み込まれ、分解するように光となって消えていった。そして入れ替わるように光からいつもの見慣れた彼が姿を現した。さて、どんな話をこの私に聞かせてくれるのかしら。