「ユメ。味楽来玖瑠実はFクラスにいるんだな」

「はい、ヘイ様。間違いないです。この全校生徒リストにもバッチリ載っています」


 ……教員用と書かれているそのリストをどのように入手したのかは敢えて問わないでおこう。優秀な部下……じゃない、後輩を持つとは鼻が高いと思うことにしようそうしよう。


 味楽来玖瑠実はテニス部に所属しており、訪れた放課後は絶賛練習中であった。先生が球出しをしながら指示を出し、列を作った選手たちが次々に打つストロークの練習をしている。フォハンド、バックハンドと入れ替わりながら。


「あれは……」


 球拾いに見知った顔を見つけた。あれは姫様の友人の……そうだ、ブラウさんだ。私と目が合うと、彼女はそっと一礼してくれた。休憩の号令が掛かると私の方へ駆け寄ってくれた。


「こんにちは、ヨウヘイさん。どうかされたんですか?」

「こんにちは、ブラウさん。ええと、味楽来さんに会いに来たんだけど、彼女は忙しそうだ」

「そうですね、玖瑠実ちゃんは次期期待のエースですから。一年ではまだ市民大会しか出れませんが、二年から大活躍されると思いますよ!」

「そんなにすごいのか?」

「ええ。こないだなんて、強豪の高校生相手にストレート勝ち。ダブルスで難しい試合でしたが、お見事でしたわ」


 なるほど、それはすごいな。休憩中にも先生から熱心に指導貰っているようだし。


「仕方ない。出直すかな」

「あっ、ヨウヘイさん。もしよろしければ」


 本当に宜しければなんですけど、と前置きして彼女は言った。

「相談に乗って貰えませんか? 私は今日これで練習終わりなので」



 ※ ※ ※



 彼女からは以前にも相談をされたような気がする。しかし、出会ったのはつい最近(私感覚)だよな。この空白の一年になにかあったのかもしれない。私はそんなことを考えながら、学内にある一番オシャレなカフェに来ていた。外での飲食スペースは英国を思わせるようなシックな雰囲気かあり、内装は古民家カフェに近い木の温もりを感じられる作りになっていた。女子といえばここに来るイメージがある。良かった、学校の施設等に大きく変化はなさそうだ。


「それで、私に相談というのは」

「はい、ちょっと特殊なんですけども」


 本名をアデル・クレア・ブラウと言う彼女は女子寮コースに属しているらしい。女子寮コースというのは共学校である崖の端以下略高校に置いても特殊な環境で、完全女子のみ居住、職員も女性のみ、担当教師さえ女性であり、授業や日常生活全てを特殊環境で送る女子専用コースである。尚、現在の私のように共学内の生徒とは限られた規則の時間内ではあるが、交流を持つことは許されている。


 そんな彼女の周りでは、女性カップルが多いとのこと。私にとってそれは意外であった。男子の妄想でしかないと思っていたからだ。なんでも、他の女子高校ならばありふれた光景であり、また元々通っていた中学が女子校だった生徒も多いそうだ。ブラウさんもその一人で、女子の環境・生活を過ごしている。そのような場所にいると、自然にというか遊び感覚で付き合い出す、交際関係を持つことが珍しいことではないという。稀に本気で将来を、という例もあるらしいが高校卒業後を知る例は流石に無いらしく、その有無は不明。そして今回の相談事がその女性同士のカップルに関する事だという。


「明野瑠衣ちゃんと桜田瑠璃ちゃんのお二人なんです。二人は名前が似ていることと、同室であることから交際をされているらしいのですが、最近その『ルイルリカップル』を悪く言うのが、その、一部で、ほんの一部なんですが流行ってしまいして、その、瑠衣ちゃんとはお友達なんです。なんとかしてあげたいんですが、ちょっと、どうしょうもなくて。それで、そんなときに、ヨウヘイさんが入らしてくださったので、その」

「わかった。わかったよ、ブラウさん。ありがとう。話してくれて、ありがとう。うん、ちょっと落ち着こうか」

「はい……」


 話の語尾が涙になってしまった彼女にお茶を薦めながら落ち着くのを少し待つ。一息ついたところで、優しく聞いてみる。


「その、言いにくいと思うんだけど、具体的にはどういう内容なんだろうか」

「はい。少々お待ち下さい…………あ、これです。これが問題のグループトークに出た裏掲示板でして」


 ルイルリカップルの明野○イは売○奴。毎日中年の親父と円○三昧。金遣いが荒く、夜はクラブやホ○テス通い。夜に身に着けたその高級ブランド品は数しれず。昼の顔と夜の顔の差が……etc.


 掲示板とか未だに存在してるのか……しかも裏とか言いながら簡単に検索に引っかかる表だし……これは……非常に良くない状況だ。


「これはヒドいですね。でも、ヘイ様どうします? おそらく相手も同じ女子寮でしょうし、ヘイ様は殿方。共用スペースでは限られた情報しか……」


 確かにそうだ。おそらくこの周辺、共用場で得られる情報じゃ精々末端を掴めるかどうかだろう。投稿日から三日。あまり悠長に時間は掛けていられない。おそらく目に見えない嫌がらせが続いていることは容易に想像できる。表にさえこうやって顔を出しつつある状態だ。しかし、だからといって誰か他に協力者がいるわけでも無いし……くそぅ、こんな時に秘密結社同好会があれば……あれば……?


「あっ、そうか。秘密結社同好会か」

「ヨウヘイさん……? それは、もう」

「そうですよ、ヘイ様。流石の夢野でもそこまでは」

「いや、ユメ。ここにいるじゃないか、メンバーは」


 私は力強く、しかし丁寧にしっかりと彼女の手を握った。