他人の日常ほどどうでもいいことはない、と個人的には思う。


 説教、昔話、苦労した自分の自慢話。この三つは特に聞きたくない。


 基本的に人間は嫌いだし、人間関係は苦手というか嫌いだし、つまり他人のことなど興味も関心なければ、好きになることもない。つまり嫌いだ。


 しかし、そんな中でも覗いてみたくなる他人の日常がある。それはなにか。情事、色恋沙汰である。


 私は男子であり、健全なる男子高校生であるので、性癖がノーマルである以上、好みは美少女である。しかし、自分のルックスに幾分か問題を抱えており、控えめに言って最低、上品に言って寝不足のような顔を持つ私では美少女と釣り合うことはない。しかも低身長。人権が無いと言われれば、すぐにへこみ、その低い背丈を更に縮こませること間違いない。


 だがしかし。しかしである。


 だからといってイケメンが美少女とイチャコラするのを見ていられるだろかいや見ていられない反語。


 美少女とイケメンは嫌だ。ならば、美少女のみならいいのか。それは良いだろう。美なる少女であるがゆえ孤高の花となり、孤独に悶えて、悶々とすることもあるかもしれないなどと想像するのは良い。また、自らを慰めたり、美なる少女の露わになった姿が如何程か想像するのもまた良い。事実でなく、フィクションであってもそれはとても良い。我は健全なり。今のところは、まだ。


 それでは美少女が二人ならばどうだろう。


 ふむ。完璧である。



 ※ ※ ※


 私の通いし、市立崖の端商業兼桜山の丘ないし市営図書施設併設高等学校は、その改装増築に加えて崩落・消失に併設を繰り返している。その上いつ出来たのかわからない観覧車まである。しかし、その観覧車に辿り着けたものはいない。遠くから見えるけど入れない観覧車なのだ。


 この観覧車、更に噂がもう一つある。それは愛する二人のみ到達できる、というものだ。


 それだけ聞くとなんとも胸焼けのしそうなロマンチストの塊をエゴイスティックに振り撒いたリア充達のリア充達によるリア充達の噂に聞こえるが、今回の場合、そうではなかったのだ。


 それは百合の聖地なのだという。


 この場合の百合というのはユリ目ユリ科に属する多年草のことではなく、ガールズラブを意味する百合である。果物やエスなどの隠語を有し、レズビアンとは似て非なるものである百合。愛か恋か性欲かの違いであるといえばそこまでだが、すべてが均等に分断できるわけでもないのがこのジャンルの難しいところであり、同時に素晴らしく奥ゆかしいところである。


 さて、それではなぜ『愛する二人のみ到達できる観覧車』が『百合の聖地』なのか。それは無論、男女カップルで到達した者は現時点で存在せず、あの観覧車に乗車しているのは百合カップルのみであるから。ただそれだけの理由である。


 その日も快晴に快晴を重ねて、飛行機雲を追い掛けて追い掛けて行きたくなるような晴れやかな日であった。六次元目は数学であったが、私はそれを他所に窓から今日も回っている観覧車を見ていた。空き講の百合カップルが乗車し、そのひと時を楽しんでいるではないか。ありがたや。ありがたや。なむなむ。


「おい。黒川ヨウヘイ。拝んでいる暇があったら問題を解け。この不届き者」


 へぷし。


 紙の束で頭を叩かれた。くそう。数学の沖田はいつもそうだ。ハラスメントなど気にもせず、このような事を日常的に、平気で行う。まあ、こっちに落ち度があるときにしかやらないから理不尽ではない。理由はある。しかし、数学の沖田というあの女性教師は、ハラスメントだなんだと言えるものなら言ってみろとどっしり構えて無縁にさえ思える。今度論破できるか挑戦してみるか。


「できたか」

「できました」

「うん。よろしい」


 黒板にチョークを使って書いた解答は斜めになってしまったが、しかしなんとか及第点を頂いたので、私はそそくさと戻った。沖田はいつも無防備で雑な服装であるから、その豊満を通り越して巨大な胸はいつ見ても魅惑的というよりも圧力的である。季節柄、女性の見せる薄着に素直に喜んでしまう私であるが、沖田は別だ。なんというか、その、男女に友情は存在するを体現化している(?)存在だからな。ごく少数を除いて、彼女自身はともかくその胸を魅力的だと答える生徒は少ないだろう。だいたいは圧力に屈して死ぬ。


「なんか失礼な事考えなかったか?」


 え? いや、私は好きですよ。大は小を兼ねるとかなんとか言いますし。



※ ※ ※

 

「やりきれん」

「沖田に突っかかるとは、ヘイも物好きだなあ。あんなでかいだけのやつ、何がいいんだ? うちの学校なら選り好みしなけりゃ、可愛いいも、綺麗も、美人も高レベルで居るのに」

「そうか。それでお前は彼女できたのか、漆黒」

「ーーはぁ。全く、これだから姫のお付きは。いいよな、お前は姫という彼女がいるのだから」 

「え? 付き合って《《は》》いないよ?」

「またまた〜、はいはい。いつものね」


 いや、本当なのだが。


 信頼というか、こき使われているというか、そういう意味では好かれているかもしれないが……。カレシカノジョの関係を求めるとは思えない。姫ならば、一歩飛んで「とりあえず結婚しましょ」というに決まっている。というか言われた。以前に。ああ、良くないことを思い出した。



 それは入学して間もない、純粋でまだきれいだった私の小話である。


 今の部活ーーいや、同好会に所属を決めたのはその頃、入学三日目であった。


 『秘密結社同好会』という謎のネーミングに、謎の人気の無さから、異様に惹かれて足を運んでしまったのが運の尽き。部長『姫川桃子』率いる秘密結社同好会は、その名の通り同好会であった。


 活動内容を端的に説明すると、それは校内の不思議・不可思議を秘密裏に調査し公表することである……とあるが、その大半は七つも数えられない七不思議や聞くに堪えない噂話に振り回されているだけである。暇つぶしにはもってこいだが、それ以上でもそれ以下でもない、本当に同好会なのだ。


 私が課題として追加された数学プリント十枚を必死に解いている間に話していたのは唯一の同期生、『漆黒』である。ハンドルネームだかコードネームだか知らないが、一年以上経った今でも未だに本名は知らない。それ以外を名乗らないし、話す気もなさそうなので、私も他人のあれこれなど知ったことではないと、今日までそれ以上尋ねることをしなかった。


「そういえば、姫が呼んでたぞ」

「俺?」

「お前。『ヘイが来たら部屋に呼んでね。お願い。絶対』だって」


 それを先に言え。先に。