私の声に反応した彼は横にふっと顔を向け、首をもたげる。
その瞳が、大きく見開かれた。
「あれ、佐山ちゃん? やっぱり佐山ちゃんだ」
とたんにミヤケンの顔が明るくなる。
その場に如雨露を置いて近づいてくるミヤケンからは、先ほどの不思議な空気感が消えていた。
「あはは、驚いた。どうしてここに?」
「友林先生から聞きました。宮くんが、ここにいるって」
「ああー、友っちね。でも、なんで? 俺になんか用?」
「昨日のことで――」
「昨日のこと! そうだよ佐山ちゃん大丈夫? 急に目の前で倒れるから俺かなり焦ってさー。よくわかんないけど校門に佐山ちゃんのお母さんいるし、一応車の中に運んだんだけど、そのあとどうなったのか気になってたんだよね」
あまりの饒舌さに、私の言葉は完璧に遮られていた。
「でも学校に来てるってことは、とりあえず元気になったんだ。いやーよかったよ、ほんとに。だけど一体なにが原因であんなことに――」
「み、宮くん。ちょっといいですか」
ふたたびマシンガントークになる前に、私は待ってと止める。
無意識に両手を前に突き出し、体全体でストップを表現してしまった。
「うん、どうかした? つーか、この手面白いねー」
「ちょっ」
あろうことか、ミヤケンは私の両手に自分の両手を合わせてきた。
ぱちんと、小さなハイタッチの音が鳴る。
「あ、昨日も思ったけどさ、佐山ちゃんって身長は普通だけどだいぶ軽くない? 手もこんなに細くて小さい。まあ、女の子の手って感じで好きだけど」
そのまま握られそうになった手を、私は全力で回避した。
「あの……いきなり触らないでもらえますか」
なに、なんなのこの人。
距離感は近いし、妙に好意的だし、反応に困る。
倒れた私を抱えてくれたのは彼で、その感謝は変わらないけれど、今のは黙っていられなかった。
過剰な防衛本能が顔を出して、つい口調も強くなってしまう。
「って……あー、ごめん。昨日はチカちゃんといたから癖が染みついてて、つい絡んでた。はい、もうなんもしないから」
チカちゃんって、和氣先輩のことでは?
つまりそういうことかと思い至るのも億劫で、あえて触れないでおいた。
そんな私の訝しげな眼差しを受けてか、ミヤケンは反省の色を見せて一歩後ろにさがる。
彼に警戒しながらも、私はようやく本題を伝えた。
「さっきも言いましたけど、昨日のことを謝りたくて。あとお礼も」
ミヤケンが話を聞く体勢に入った隙に呼吸を整える。
軽く上を見あげると、視線がかち合った。
「ありがとうございました。車に運んでくれて、このカーディガンも……掛けてくれたんですよね?」
ようやく紙袋を渡せたと思えば、ミヤケンは驚いたように目を丸くする。
受け取って中身を確認すると、さらに驚愕していた。
「なんか、すごい綺麗になってない? いい匂いするし、まさか洗ってくれたとか」
「あの状態ではさすがに返せないですし……私が吐いたせいで汚れていたので。それと、宮くんに向かって吐いてしまって、本当にごめんなさい」
「なーんだ、そんなの気にしてたのか。べつに謝る必要ないでしょ。佐山ちゃん、具合が悪かったんだからさ」
頭をさげればすぐに楽しげな笑い声が降ってきて、目が点になりそうだった。
友林先生の話を信じていなかったわけじゃないけれど。
でも、本当になんとも思っていない素振りのミヤケンには改めてびっくりする。