「宮くんって、よく授業をサボる人だって噂で聞きましたけど……やっぱり休むことも多いんですか?」

 どちらにしても、一度は会ってちゃんとお礼を言わないとだし、謝りたい。あとカーディガンも返したい。

 可能なら生徒の目につかないところで声をかけたいけど、そうなってくると場所は限られてくる。

 校門をくぐり抜けたタイミングでこっそりと……なんて思ったけれど、ミヤケンは朝から律儀に登校する人なのか、興味がなかったので知らない。

「サボりが多いけどな、宮は毎日学校には来てるんだぞ」

 思い悩んでいると、友林先生はさらりと教えてくれた。

「そうなんですか?」
「いまの時間なら……たぶん、旧校舎裏の花壇だな」

 友林先生からしてみれば、ミヤケンは隣のクラスの生徒で担任でもない。
 どうしてそこまで的確に把握しているのか疑問だった。
 校内の有名人ともなると、行動を知っていたほうが先生もやりやすいということなのかな。

「花壇、ですね。ありがとうございます。これから行ってみます」

 三年の和氣先輩にも一言お礼を言いたいけれど、三年生の教室にまで行くのは逆に目立ってしまう。
 とりあえず、まずはミヤケンに会いに行こう。

「今日も花に水をあげてるだろうから、すぐに見つかるぞ」

 去り際に友林先生が言った意味を、私は職員室を出たあともしばらく考えた。

 知る人ぞ知る女好きの遊び人。加えてチャラ男や、モテ男子と呼ばれるような人間が、花壇の花に水をあげている?

 昨日の疲れが響いているみたい。変な聞き間違いをしてしまった。

 
 ――聞き間違いなんかじゃなかったと、旧校舎裏に回り込んだ私は思い直す。
 プラスチック製の深緑色に塗られた如雨露(じょうろ)を片手に、ひとりの男子生徒が花壇に水をやっている。

 宮謙斗、ミヤケンだった。

 晴れきった朝の日差しは、柔らかそうに靡く栗色の髪を照らしていて。
 高身長と思われる彼は、低い花壇との距離を縮めるように背中をわずかに丸めていた。

 私はその姿を建物の影に隠れてひっそりと盗み見る。

 はたから見たら完全に不審者だ。けれど、どうにも出られる空気ではない。
 出ようと思えば出られるものの、私の足がすすんで前にいかないのは、困惑してしまったからだ。

「…………」

 瞳に映した彼の横顔は、これまでの醜聞をすべて払拭してしまうような、静謐(せいひつ)な雰囲気に溢れていた。

 保健室にいた人と、目と鼻の先にいる人はまるっきり同じ人物であるはずなのに、なんだか別人に見えてしまう。

 要するに声をかけづらい。それがいつまでも物陰に身を潜ませていた理由である。
 
 ふいに、頭上からバタバタと鳥の羽ばたく音が聞こえた。
 その一瞬で我に返ると、私は紙袋の手提げ紐を強く握りこんだ。

 いつまでもこんなことをしていられない。
 様子を隠れて見ているなんて、相手からしてみればすごく失礼だし気分も悪いだろう。

「ミヤケ……宮くん」

 私は意を決して、花壇に近づいた。