「あ……それで、先生に聞きたいことがあって」
「どうした?」
「昨日、私が倒れたときに保健室にいた人、誰だかわかりますか?」
嘔吐したことの謝罪と、体に掛けてくれていたというカーディガンを返したかった。
そのために詳細を聞いてみれば、友林先生は絵に描いたような困り顔を作る。
「あー、そうだな。ひとりは、三年の和氣だ。職員室に来て佐山のことを知らせてくれたのは彼女だ。あとひとりは、宮だよ」
「宮……その人も、先輩ですか?」
「いや、違う。隣のクラスの、宮謙斗」
「宮謙斗……って、もしかして、ミヤケン?」
上擦った声で聞き返すと、友林先生は「ミヤケンだな」と言ってかすかに笑った。
昨日の朝にあったホームルームで話題に出ていたミヤケン。
西棟の多目的室を授業などの使用時以外は開かずの間にしてしまったかもしれない男、ミヤケン。
保健室で対面した男子の顔と、噂話で耳にするミヤケンを脳内で照らし合わせる。
「保健室にいたあの人が、あのミヤケンなんですか!?」
「保健室にいたあの人が、あのミヤケンだな」
まさにオウム返しのような受け答えを繰り返す私と友林先生。ミヤケンと聞いてからの私の反応が気になったのか、友林先生は軽く眉をひそめた。
「まさか佐山、宮となにかあったのか?」
「なにか……」
意味ありげに言われて真っ先に考えたのは、西棟の多目的室のことだ。思ったよりも未練が強かったようで、過剰になっている。
しかし、友林先生が口にした「なにか」は、私の考えるものとははるかに違っていた。
「こう言っちゃなんだが、宮の評判は教師陣にも知れ渡っているんだ。散々注意も指導もしているが改善された試しがない。だからもし、佐山が宮にちょっかいを出されたりしているんだったら……」
「ないです。ありえません。絶対に。というか、先生は私がどんなふうに学校生活を送っているのか知っていますよね?」
友林先生が初めに困った顔をしていた理由がわかった。保健室で出くわしたのが、様々な意味を持って有名なミヤケンだったからだ。
変な心配までされそうになり、自分からいわゆる「ぼっち」だということを告げる羽目になる。
人付き合いを避けている私が、ミヤケンと接点なんてあるはずがない。
「すまん。いや、本当にすまん。そうだな、先生が悪かった」
「いえ……だけど、私を母の車まで運んでくれたのもミヤケン……宮くんなんですよね?」
「ああ、そうだ。宮のやつ、俺が病院から戻ったあとも校舎に残っていたみたいでな。あの子は大丈夫だった? って、聞いてきたぞ」
「本当ですか? 私……宮くんに向かって思いっきり吐いちゃったので、ちゃんと謝りたいんです」
口に出すといたたまれない心地になる。
けれど友林先生は、思い出したふうに「ああ」と軽い反応だった。
「言っておくが、宮は全然気にしてなかったぞ。だからそこまで怯えなくても大丈夫だ」
他人の嘔吐物をかけられたのに、気にしない人なんて果たしているの?
それが本当なら、私の中にあったミヤケンのイメージはがらりと変わることになる。
「そんなに、心が広い人なんですか?」
「心が広いっていうか、なんだろうな。まあ、宮は……そういうやつなんだよ」
よく、わからなかった。
友林先生はミヤケンに対して、なにか思うところがあるみたいだけれど。