あれから私の意識が戻ったのは一週間後のことだった。
目覚めた私は直ぐに鳳魅さんの元で診察を受けることとなり、特に体に異常は無いと分かると暫くの間は安静を命じられた。
著しい体温の低下と戻らない意識の様子から、一時は本当に危なかったみたいだが体調は順調に回復へ向かっているとのこと。
意識が戻るまでの間、白夜様は暇さえあれば私の部屋へと足を運び、ずっと側を離れなかったそうだ。目が覚めてからも暫くは私を抱きしめて離さなかった。
「お話ですか?」
「ああ、お前にも話しておかないとと思ってな」
白夜様は硬い表情で私の部屋にやって来ると色んなことを教えてくれた。
「まず事件の発端となった八雲家についてなんだが。調べてみれば、お前が連れていかれた研究所は他にも多数存在していた。その内容は術師達の強度を裏で目的とした極秘の人体実験だった」
「人体実験…」
「術師とはいえ、その体を改造することは固く法で禁じられている。今回の件は全てが八雲浩司による独断計画のものであり、分家の人間も何人か絡んでいたみてぇだ。まだ調べの最中だがな」
やはりあれは研究ではなく人体実験だったんだ。
助けられなかった母上の存在が頭をよぎる。
「鬼頭家はこの件を踏まえ、狐野家に緊急の謁見を取り付けた。八雲家は狐野家の管理下ゆえ、安易にこっちが手を加えることはできない。だが狐野家は今回の件に関して鬼頭家の言い分を最優先した。結果、八雲浩司は当主の座を剝奪。時期当主には息子の八雲朧が引き継ぐ形で話が進んでる」
私にとっては母上を殺した憎むべき相手。
その相手がついに公の場へとその正体が公開された。
その後はどうなったのだろう。
母上の為にも。
ここで敵を討たなければ自身としても納得がいかない。
「お前の気持ちはよく分かる。大事な母親を殺したと同然の行為をした男だ。あの男への然るべき処遇はもう適用づみだ。八雲家は今後、暫くの間は狐野家の厳しい監視下に置かれることになったから。だから安心しろ」
「処遇ですか…それは一体」
「言わなくてもいいことが世の中には存在すんの。だがもう大丈夫だから安心しろ」
聞こうとすれば上手く言葉をはぐらかされた。
だがその表現から察するに、あの男はもう…
「そんで次に久野家についてなんだけど」
「!」
来た。一体、彼女はあの後どうなったのだろう。
私は白夜様からの言葉を黙って待つ。
「…正直、今回の件は八雲があの女を利用したことで起きた事件なんだ。女が独断で加担していたせいとあってか、久野家側はこの件に一切関与をしていなかった」
「そんな…」
一華さんは久野家とは別に独自で八雲家へと加担した。
そのため久野家は彼女が起こしたこの件への詳細を何も聞かされていないという。
ならば久野家は今後どう出てくるだろうか。
「故にあの女の処遇をどうするか上と揉めた。だがあの女のやってきた行為を見過ごすつもりなんてねぇ。現にお前に手を出しているし。過去に久野家がしてきた行為も確認済みだ。そこで久野家にはそれら全ての責任を背負って当主並びに妻子は久野家からの追放、及び異能力の剝奪を命じた」
聞けば一華さんの行為はその後、久野家全体への責任として重く受け止められたという。
父に由紀恵さんを含む三人は、久野家からの永久追放を命じられ遠方の地に送られるのだそうだ。
そして気になるのは異能力の剝奪だ。
異能はある特別規約に基づき、王からの施行が認められた時のみ対象者の力が取り上げられる。
その為には色々な儀式が執り行われるというのだが、詳しい内容については未だ公の場には公開されていない。
「久野家の次の座は、久野藤吉の弟にあたる家系へ引き継ぐ形で進んでいるらしい。これでもうあいつらはただの人間だ。異能力もねぇだろうし、二度とこの地に足を踏み入れることもないから会うこともねぇだろう」
「…そうですか」
今の私は一体どんな気持ちだろう。
この一週間、自分の知らない間に色んなことが起きたせいか未だ頭が追いついてこない。
何とも言えない喪失感や安心感。
解放感が入り交じり複雑な気持ちだ。
「時雨」
白夜様が私を呼ぶ。
「まず俺から謝らせてくれ、悪かった」
「え、白夜様⁉」
頭を下げる彼に私は困惑する。
「お前を守ると約束した。なのにお前を酷い目に合わせちまった。今回の件は俺の責任でもある、本当にすまなかった」
「そ、そんな!白夜様のせいではありません。助けに来て下さった時、私はどんなに救われたか。今の私がいるのは白夜様のお陰です。信じてよかった、本当にありがとうございました」
「時雨…」
白夜様は嬉しそうな顔で私を抱きしめた。
服からは彼の温もりが伝わってくる。
ああ、やっぱり落ち着くな。
「あ、白夜様」
「ん?」
「その…実は私からも一つ謝らないといけないことがありまして。実は八雲家に封印されていた例の式神なのですが。色々あって使役に成功しちゃいました」
「…は?」
恐る恐る白夜様を見てみれば、彼は心底驚いた顔で私を見つめていた。
「あ、いや、その!なんか今は私が彼らの契約主になったといいますか」
流石にまずかっただろうか。
何せ相手はあの前鬼と後鬼だ。
最悪、自分だって呪い殺され兼ねないのだから。
「お前、だいぶぶっ飛んでんな。あの式神との契約に成功するとか異例中の異例だぞ?」
「…怒っていないのですか?」
「怒ってはねぇけど、すんげぇ心配。まあでも神獣の加護もあるし、俺の妖力もあるから何とかなるか。ぶっちゃけ、あの家に置いておくよりかは妥当なのかもな。上手く使いこなせればお前にとっては最強の武器になるだろうし。ま、精々頑張れよ」
なんかとんでもない案件を引き受けてしまった気がする。
これ、別の意味で自分生きていられるかな。
—シャ~
「あ、白蛇さん!」
白蛇さんは私に近づくと腕に巻き付いてきた。
あれから元気になったみたいで一安心だ。
ツンツンとつつくと嬉しそうにしている。
「なあ、時雨」
「はい?」
突如、白夜様は真剣な面差しで私に声をかける。
「俺はこの先、沢山の迷惑をお前にかけるかもしれねぇ。最初に言った通り、俺の存在は今後ただの存在では終わらない。何が起きても可笑しくはねぇ。でもそれでもお前が好きだ、愛してる」
「ッ//」
「こんな俺でよければ、これから先もずっと俺の側にいてくれないか?」
最初は単なる政略結婚。
久野家を追い出され、異能を持たない自分に諦めかけた時もあった。
でもきっと認めてくれる人が現れると。
そう信じて渡ったこの世界。
私は貴方に出会えた。
「白夜様…」
今あるこの気持ち。
それはどうしようもなくただ。
貴方のことが愛おしくてたまらない。
「勿論です、迷惑だなんて思いません。この先もずっと何が起ころうと私は白夜様のお傍に。愛してます」
そう言い私が微笑めば口には柔らかいものが。
その正体が至近距離越しに私を見つめる白夜様のものであることに気づくのにそう時間はかからなかった。静かに見つめ合えば徐々に縮まる互いの距離。
「愛してるよ、時雨」
「私も愛しています、白夜様」
そう言うと、二人は何も言わずに互いの唇同士をそっとくっつけ合った。
外は快晴。
蝉時雨が暑い夏の訪れを一斉に知らせれば、二人の生活がスタートしていった。
目覚めた私は直ぐに鳳魅さんの元で診察を受けることとなり、特に体に異常は無いと分かると暫くの間は安静を命じられた。
著しい体温の低下と戻らない意識の様子から、一時は本当に危なかったみたいだが体調は順調に回復へ向かっているとのこと。
意識が戻るまでの間、白夜様は暇さえあれば私の部屋へと足を運び、ずっと側を離れなかったそうだ。目が覚めてからも暫くは私を抱きしめて離さなかった。
「お話ですか?」
「ああ、お前にも話しておかないとと思ってな」
白夜様は硬い表情で私の部屋にやって来ると色んなことを教えてくれた。
「まず事件の発端となった八雲家についてなんだが。調べてみれば、お前が連れていかれた研究所は他にも多数存在していた。その内容は術師達の強度を裏で目的とした極秘の人体実験だった」
「人体実験…」
「術師とはいえ、その体を改造することは固く法で禁じられている。今回の件は全てが八雲浩司による独断計画のものであり、分家の人間も何人か絡んでいたみてぇだ。まだ調べの最中だがな」
やはりあれは研究ではなく人体実験だったんだ。
助けられなかった母上の存在が頭をよぎる。
「鬼頭家はこの件を踏まえ、狐野家に緊急の謁見を取り付けた。八雲家は狐野家の管理下ゆえ、安易にこっちが手を加えることはできない。だが狐野家は今回の件に関して鬼頭家の言い分を最優先した。結果、八雲浩司は当主の座を剝奪。時期当主には息子の八雲朧が引き継ぐ形で話が進んでる」
私にとっては母上を殺した憎むべき相手。
その相手がついに公の場へとその正体が公開された。
その後はどうなったのだろう。
母上の為にも。
ここで敵を討たなければ自身としても納得がいかない。
「お前の気持ちはよく分かる。大事な母親を殺したと同然の行為をした男だ。あの男への然るべき処遇はもう適用づみだ。八雲家は今後、暫くの間は狐野家の厳しい監視下に置かれることになったから。だから安心しろ」
「処遇ですか…それは一体」
「言わなくてもいいことが世の中には存在すんの。だがもう大丈夫だから安心しろ」
聞こうとすれば上手く言葉をはぐらかされた。
だがその表現から察するに、あの男はもう…
「そんで次に久野家についてなんだけど」
「!」
来た。一体、彼女はあの後どうなったのだろう。
私は白夜様からの言葉を黙って待つ。
「…正直、今回の件は八雲があの女を利用したことで起きた事件なんだ。女が独断で加担していたせいとあってか、久野家側はこの件に一切関与をしていなかった」
「そんな…」
一華さんは久野家とは別に独自で八雲家へと加担した。
そのため久野家は彼女が起こしたこの件への詳細を何も聞かされていないという。
ならば久野家は今後どう出てくるだろうか。
「故にあの女の処遇をどうするか上と揉めた。だがあの女のやってきた行為を見過ごすつもりなんてねぇ。現にお前に手を出しているし。過去に久野家がしてきた行為も確認済みだ。そこで久野家にはそれら全ての責任を背負って当主並びに妻子は久野家からの追放、及び異能力の剝奪を命じた」
聞けば一華さんの行為はその後、久野家全体への責任として重く受け止められたという。
父に由紀恵さんを含む三人は、久野家からの永久追放を命じられ遠方の地に送られるのだそうだ。
そして気になるのは異能力の剝奪だ。
異能はある特別規約に基づき、王からの施行が認められた時のみ対象者の力が取り上げられる。
その為には色々な儀式が執り行われるというのだが、詳しい内容については未だ公の場には公開されていない。
「久野家の次の座は、久野藤吉の弟にあたる家系へ引き継ぐ形で進んでいるらしい。これでもうあいつらはただの人間だ。異能力もねぇだろうし、二度とこの地に足を踏み入れることもないから会うこともねぇだろう」
「…そうですか」
今の私は一体どんな気持ちだろう。
この一週間、自分の知らない間に色んなことが起きたせいか未だ頭が追いついてこない。
何とも言えない喪失感や安心感。
解放感が入り交じり複雑な気持ちだ。
「時雨」
白夜様が私を呼ぶ。
「まず俺から謝らせてくれ、悪かった」
「え、白夜様⁉」
頭を下げる彼に私は困惑する。
「お前を守ると約束した。なのにお前を酷い目に合わせちまった。今回の件は俺の責任でもある、本当にすまなかった」
「そ、そんな!白夜様のせいではありません。助けに来て下さった時、私はどんなに救われたか。今の私がいるのは白夜様のお陰です。信じてよかった、本当にありがとうございました」
「時雨…」
白夜様は嬉しそうな顔で私を抱きしめた。
服からは彼の温もりが伝わってくる。
ああ、やっぱり落ち着くな。
「あ、白夜様」
「ん?」
「その…実は私からも一つ謝らないといけないことがありまして。実は八雲家に封印されていた例の式神なのですが。色々あって使役に成功しちゃいました」
「…は?」
恐る恐る白夜様を見てみれば、彼は心底驚いた顔で私を見つめていた。
「あ、いや、その!なんか今は私が彼らの契約主になったといいますか」
流石にまずかっただろうか。
何せ相手はあの前鬼と後鬼だ。
最悪、自分だって呪い殺され兼ねないのだから。
「お前、だいぶぶっ飛んでんな。あの式神との契約に成功するとか異例中の異例だぞ?」
「…怒っていないのですか?」
「怒ってはねぇけど、すんげぇ心配。まあでも神獣の加護もあるし、俺の妖力もあるから何とかなるか。ぶっちゃけ、あの家に置いておくよりかは妥当なのかもな。上手く使いこなせればお前にとっては最強の武器になるだろうし。ま、精々頑張れよ」
なんかとんでもない案件を引き受けてしまった気がする。
これ、別の意味で自分生きていられるかな。
—シャ~
「あ、白蛇さん!」
白蛇さんは私に近づくと腕に巻き付いてきた。
あれから元気になったみたいで一安心だ。
ツンツンとつつくと嬉しそうにしている。
「なあ、時雨」
「はい?」
突如、白夜様は真剣な面差しで私に声をかける。
「俺はこの先、沢山の迷惑をお前にかけるかもしれねぇ。最初に言った通り、俺の存在は今後ただの存在では終わらない。何が起きても可笑しくはねぇ。でもそれでもお前が好きだ、愛してる」
「ッ//」
「こんな俺でよければ、これから先もずっと俺の側にいてくれないか?」
最初は単なる政略結婚。
久野家を追い出され、異能を持たない自分に諦めかけた時もあった。
でもきっと認めてくれる人が現れると。
そう信じて渡ったこの世界。
私は貴方に出会えた。
「白夜様…」
今あるこの気持ち。
それはどうしようもなくただ。
貴方のことが愛おしくてたまらない。
「勿論です、迷惑だなんて思いません。この先もずっと何が起ころうと私は白夜様のお傍に。愛してます」
そう言い私が微笑めば口には柔らかいものが。
その正体が至近距離越しに私を見つめる白夜様のものであることに気づくのにそう時間はかからなかった。静かに見つめ合えば徐々に縮まる互いの距離。
「愛してるよ、時雨」
「私も愛しています、白夜様」
そう言うと、二人は何も言わずに互いの唇同士をそっとくっつけ合った。
外は快晴。
蝉時雨が暑い夏の訪れを一斉に知らせれば、二人の生活がスタートしていった。