「時雨!!」
白夜がその部屋に飛び込んだのと太極図の光が消えたのはほぼ同時だった。
「鬼神⁈」
「白夜様⁈」
二人はいきなり現れた白夜の姿に愕然する。
だが白夜は驚く彼らの様子には目も暮れず、その傍らに倒れ込む時雨を視界に捉えれば目にも止まらぬ速さでそこへと駆け込む。
「時雨、時雨!」
その体を抱き上げて揺さぶるも返事はない。
「(冷たい…こんなにボロボロになって)」
見れば着ていた服は汚れ、体は力なくぐったりとしている。
だがその手にはあの日、俺がコイツへあげた椿の簪が大事そうに握られていた。
ごめん、俺がもっと早く助けに来ていれば。
ごめん、ごめんな。
後悔で押しつぶされそうになりながら彼女を抱きしめれば必死に謝った。
「ん…」
ふと、腕の中からは声が聞こえた。
慌てて見てみれば、そこには薄っすら目を開けて俺を見つめる彼女の姿があった。
「時雨、俺の声が聞こえるか⁈」
「白夜…様?」
おぼつかない意識の中、俺の名前を呼んだ姿に安堵の息を下ろす。
「時雨…ああ、良かった。もう大丈夫、もう大丈夫だからな」
俺はその体をしっかりと抱きしめた。
優しく彼女の頭を撫でれば自分の存在をしっかりと知らせてやる。
「白夜様、会いたかっ…た」
「!!」
彼女は俺の存在を確認すれば嬉しそうに笑って目を閉じた。
「時雨…」
スヤスヤと眠り出すそんな姿を見つめた。
俺もお前に会いたかった。
体中傷だらけで弱り切った大切な俺の花嫁。
でも無事でよかった。
そして俺の中には沸々とした怒りだけが目の前にいる奴らから伝わってきた。
「…で?一体、テメェらは俺のもんに何をしてくれたんだ?」
静かな怒りをはらんだ俺からの問いかけに奴らは体を震わせた。さあコイツらをどうしてくれようか。
「私は!何も間違ったことなどしておりませんわ!!」
沈黙を先に破ったのは女の方だった。
「異能も持たない無能な人間が隠世に行って何の役に立つというの?私のように完璧な人間こそが貴方様の隣に立つには相応しいはずなのに。それなのに何も出来ないお姉様が私の上をいくの?そんなの可笑しいに決まってる!」
「…」
「私は天才なのよ!お父様もお母様も、この私を誇りに思っている。どんなに辛く過酷な久野家での生活にも私は決して負けなかった。鬼頭家の妻に相応しいのはこの私なの。それの何が違うというの?」
彼女は時雨を睨み付けると本気で怒っていた。
自分は何も悪くない、当然のことをしたまでだと。
自分の主張を疑うことすらせず勝手に結論づけていた。
俺は呆れてものも言えなかった。
だがコイツの言い分から察するに、何もこの腐った思想はコイツ自身だけの問題ではなさそうだ。
ーー異能者を認め無能者を認めず。
それが彼女達に与えられたあるべき使命であり宿命。
その思想を素直に受け入れ、育てられたコイツには人の心など持ち合わせていないのだ。
それはきっとこれから先もずっとそうなのだろう。
自分こそが正しい人間だと。
そうやって下の者を見下しながら生きていくのだ。
だがそんな考え如きで俺の価値までを決められるとは思うなよ。
「白夜様、貴方に相応しい花嫁はこの私ですわ。きっとお姉様よりもお役に立ってみせます、ですから!」
「いい加減黙れよ」
俺は強い妖力を放てば彼女を強く睨みつけた。
「価値とか思想とか。自分自身の過ちは顧みずに言いたいことだけは言いやがって。テメェの話にはもううんざりなんだよ。反吐が出る」
「どうして…どうして分かって下さらないの!!貴方の運命の花嫁はこの私だと、何度もそう言っているのに!なのになんで…なんでその子なのよ!!」
一華は堪らずヒステリックのように悲痛な叫びをあげれば癇癪を起こした。だが白夜はそんな一華の姿には見向きもせず、時雨を抱き上げて立ち上がれば入ってきた出口に向かって歩き出す。
「待って!待って白夜様!!」
一華は出口まで走り、その通路を塞ぐと白夜を引き留めた。
「お願い、白夜様!お願いだから私を見て!」
「どけ」
「好きなんです!ずっとずっと貴方のことが。だからお姉様じゃなく私を見て。どうすればいい?どうすれば貴方は振り向いてくれる?どうすれば貴方は私を好きになってくれるの?」
一華は必死になって白夜を引き留める。
だが白夜の心には何一つ、彼女の言葉はなびかなかった。そんなのは無に等しかったのだ。
今、彼の頭の中にあったのはただ一つ。
一秒でも早く。
その腕へと抱く、大切な自分の愛しき存在を安全な鬼頭家へ連れ帰る。
ただそれだけだったのだから。
「…二度は無い。俺は確かにあの日、お前にそう言った。それが今後、お前にとっては何を意味するのか。その身をもって十分に味わえ」
それを聞いた一華は力なくその場に座り込んでしまった。放心とした顔で項垂れればもう何も話さなくなってしまう。白夜はそんな一華には目も暮れず、時雨を抱くとその場を立ち去って行った。
後にその場に残るのは、半ば崩壊した研究所の残骸。
そしていつの間に気絶していたのか。
白夜の強い気にあてられれば口から泡を吹いて失神する八雲の姿だけだった。
白夜がその部屋に飛び込んだのと太極図の光が消えたのはほぼ同時だった。
「鬼神⁈」
「白夜様⁈」
二人はいきなり現れた白夜の姿に愕然する。
だが白夜は驚く彼らの様子には目も暮れず、その傍らに倒れ込む時雨を視界に捉えれば目にも止まらぬ速さでそこへと駆け込む。
「時雨、時雨!」
その体を抱き上げて揺さぶるも返事はない。
「(冷たい…こんなにボロボロになって)」
見れば着ていた服は汚れ、体は力なくぐったりとしている。
だがその手にはあの日、俺がコイツへあげた椿の簪が大事そうに握られていた。
ごめん、俺がもっと早く助けに来ていれば。
ごめん、ごめんな。
後悔で押しつぶされそうになりながら彼女を抱きしめれば必死に謝った。
「ん…」
ふと、腕の中からは声が聞こえた。
慌てて見てみれば、そこには薄っすら目を開けて俺を見つめる彼女の姿があった。
「時雨、俺の声が聞こえるか⁈」
「白夜…様?」
おぼつかない意識の中、俺の名前を呼んだ姿に安堵の息を下ろす。
「時雨…ああ、良かった。もう大丈夫、もう大丈夫だからな」
俺はその体をしっかりと抱きしめた。
優しく彼女の頭を撫でれば自分の存在をしっかりと知らせてやる。
「白夜様、会いたかっ…た」
「!!」
彼女は俺の存在を確認すれば嬉しそうに笑って目を閉じた。
「時雨…」
スヤスヤと眠り出すそんな姿を見つめた。
俺もお前に会いたかった。
体中傷だらけで弱り切った大切な俺の花嫁。
でも無事でよかった。
そして俺の中には沸々とした怒りだけが目の前にいる奴らから伝わってきた。
「…で?一体、テメェらは俺のもんに何をしてくれたんだ?」
静かな怒りをはらんだ俺からの問いかけに奴らは体を震わせた。さあコイツらをどうしてくれようか。
「私は!何も間違ったことなどしておりませんわ!!」
沈黙を先に破ったのは女の方だった。
「異能も持たない無能な人間が隠世に行って何の役に立つというの?私のように完璧な人間こそが貴方様の隣に立つには相応しいはずなのに。それなのに何も出来ないお姉様が私の上をいくの?そんなの可笑しいに決まってる!」
「…」
「私は天才なのよ!お父様もお母様も、この私を誇りに思っている。どんなに辛く過酷な久野家での生活にも私は決して負けなかった。鬼頭家の妻に相応しいのはこの私なの。それの何が違うというの?」
彼女は時雨を睨み付けると本気で怒っていた。
自分は何も悪くない、当然のことをしたまでだと。
自分の主張を疑うことすらせず勝手に結論づけていた。
俺は呆れてものも言えなかった。
だがコイツの言い分から察するに、何もこの腐った思想はコイツ自身だけの問題ではなさそうだ。
ーー異能者を認め無能者を認めず。
それが彼女達に与えられたあるべき使命であり宿命。
その思想を素直に受け入れ、育てられたコイツには人の心など持ち合わせていないのだ。
それはきっとこれから先もずっとそうなのだろう。
自分こそが正しい人間だと。
そうやって下の者を見下しながら生きていくのだ。
だがそんな考え如きで俺の価値までを決められるとは思うなよ。
「白夜様、貴方に相応しい花嫁はこの私ですわ。きっとお姉様よりもお役に立ってみせます、ですから!」
「いい加減黙れよ」
俺は強い妖力を放てば彼女を強く睨みつけた。
「価値とか思想とか。自分自身の過ちは顧みずに言いたいことだけは言いやがって。テメェの話にはもううんざりなんだよ。反吐が出る」
「どうして…どうして分かって下さらないの!!貴方の運命の花嫁はこの私だと、何度もそう言っているのに!なのになんで…なんでその子なのよ!!」
一華は堪らずヒステリックのように悲痛な叫びをあげれば癇癪を起こした。だが白夜はそんな一華の姿には見向きもせず、時雨を抱き上げて立ち上がれば入ってきた出口に向かって歩き出す。
「待って!待って白夜様!!」
一華は出口まで走り、その通路を塞ぐと白夜を引き留めた。
「お願い、白夜様!お願いだから私を見て!」
「どけ」
「好きなんです!ずっとずっと貴方のことが。だからお姉様じゃなく私を見て。どうすればいい?どうすれば貴方は振り向いてくれる?どうすれば貴方は私を好きになってくれるの?」
一華は必死になって白夜を引き留める。
だが白夜の心には何一つ、彼女の言葉はなびかなかった。そんなのは無に等しかったのだ。
今、彼の頭の中にあったのはただ一つ。
一秒でも早く。
その腕へと抱く、大切な自分の愛しき存在を安全な鬼頭家へ連れ帰る。
ただそれだけだったのだから。
「…二度は無い。俺は確かにあの日、お前にそう言った。それが今後、お前にとっては何を意味するのか。その身をもって十分に味わえ」
それを聞いた一華は力なくその場に座り込んでしまった。放心とした顔で項垂れればもう何も話さなくなってしまう。白夜はそんな一華には目も暮れず、時雨を抱くとその場を立ち去って行った。
後にその場に残るのは、半ば崩壊した研究所の残骸。
そしていつの間に気絶していたのか。
白夜の強い気にあてられれば口から泡を吹いて失神する八雲の姿だけだった。