白鬼の封印師

時雨の意識が戻ったのは一週間後のことだった。
目覚めてからは鳳魅の元で診察を受けることとなり、特に体に異常は無いと分かれば暫くの間は安静を命じられた。著しい体温の低下と意識不明の状態から、一時は本当に危なかったみたいだが体調は順調に回復へ向かっているとのこと。その間、白夜は時間が空けば時雨の部屋を訪ねずっと側を離れなかった。

「お話ですか?」
「ああ、お前に話しておかないとと思ってな」

白夜は硬い表情で部屋に来れば色んなことを教えてくれた。
まず事件の発端となった八雲家について。
調べてみると時雨が誘拐された研究所は他にも多数存在しており、その内容は式神を使用したを悪質な人体実験だった。式神の持つ力を人間の遺伝子に記憶させ操る。そうしてより強い術師を生み出すことを目的とした八雲の野望。

「術師とはいえ、体を改造することは法で禁じられている。今回の件は全てが八雲浩司独自に企てた犯行的なもの。分家の人間も何人か絡んでいたみたいだが…ここはまだ調べの段階だ」

やはりあれは研究ではなく人体実験。
助けられなかった母の存在が頭をよぎる。
きっと母は改造される前に死を選び、八雲の手から逃れようとしたのだ。

「鬼頭家はこの件を踏まえ、狐野家に緊急の謁見を取り付けた。八雲家から排出される花嫁は狐野家の管理下。安易に鬼頭家が手を加えることはできない。だが狐野家は今回の件に関してコッチの言い分を優先した。結果、八雲浩司は当主の座を剝奪。時期当主には息子・八雲朧が引き継ぐ形で決まった」

時雨にとっては母を殺した憎むべき相手。
その相手がついに公へその正体を暴かれ処された。
その後はどうなったんだろう。
母の為にも。
敵は自分で討ちたかったな…と、時雨は納得がいかなかった。

「お前の気持ちはよく分かる。大事な母親を殺した男だ。然るべき処遇を施したから簡単には死ねないだろう。八雲家は暫くの間、狐野家の監視下に置かれることになったから。安心しろ」
「然るべき処遇ですか…それって一体」

聞こうとすると白夜が口に指をくっつけてくる。

「知らなくていいことが世の中にはあんの。だがもう大丈夫だから」

白夜はニヤッと笑えば、その表現から察するにあの男はもう…
時雨はそれにフッと笑う。

「そんで次に久野家についてなんだけど、」

白夜は若干言いづらそうな顔をした。

「正直、今回の件は八雲があの女を利用したことで起きた事件でもあるんだ。それでも彼女が加担したのは紛れもない事実。逆に言えば久野家はこの件に一切関与をしていなかった」
「そんな…」

一華は久野家とは別に独自で八雲家に加担した。
そのため久野家は彼女が起こした事件の詳細を何も知らなかったという。
なら久野家は今後どうなるんだろう。

「この件は特に上と揉めた。今後の対応をどうするのか。だが鬼頭家は見過ごすつもりはない。現に妹とはいえお前に手を出した。過去に久野家がしてきた行為も確認済み。そこで久野家にはそれら全ての責任を背負い、当主並びに妻子を久野家からの追放。異能力の剝奪も命じた」
「異能力の剝奪?」

一華の行為は久野家の連帯責任となり厳罰が下された。
父に由紀恵さん。
そして妹の一華。
代表者三名には久野家からの永久追放が命じられ、今後は遠方の知らない地に送られるのだとか。そして気になる異能力の剝奪。異能を持つ者から異能力を取り上げるだなんて。本当にそんなことが可能なのだろうか。

「異能を持たない者に価値などない。最後には言った本人達がそれを証明する事になるとはな(笑)。ま、当然といえば当然か。久野家も他の血縁が引き継ぐようだし。まだ使い道はあるだろう。とにかくこれで彼らはただの人間。悪さも悪足搔きもできない、二度とこの地に足を踏み入れることもできない。会うこともないだろう」
「…そうですか」

今の私はどんな気持ちなんだろう。
この一週間、自分の知らない間に色んなことが起こったせいか未だ頭が追いついていかない。
喪失感や安心感。
解放感が入り交じり複雑な気持ちだ。

「時雨」

白夜様が私を呼ぶ。

「まず俺から謝らせてくれ。悪かった」

不意に頭を下げる白夜。
時雨は困惑した。

「お前を守ると約束した。なのに酷い目に合わせた。今回の件は俺の責任でもある。本当にすまなかった」
「そ、そんな!白夜様のせいではありません。助けに来て下さってどんなに嬉しかったか。今の私が生きているのは白夜様のお陰です。信じてよかった。本当にありがとうございました」
「時雨…」

白夜はその言葉を聞けば時雨を抱きしめた。
服からは彼の温もりが伝わってくる。
ああ、やっぱり落ち着くな。
それと同時に時雨は式神達の存在を思い出しハッとする。

「あ、あの!白夜様」
「ん?」
「その…実は私からも一つ謝らないといけないことがありまして、、」
「謝らないといけないこと?」
「はい…実は八雲家に封印されていた例の式神なんですけど。色々あって使役に成功しちゃいました」
「は?」

恐る恐る報告してみれば、白夜は心底驚いた顔をしていた。
流石にまずかっただろうか。
何せ相手は前鬼と後鬼。
多くの人間を葬ってきた悪質な力を持つ。
契約者とはいえ、いつ呪い殺されるか分からない。

「体に異常は?」
「ないです」
「やってくれたな…あの式神と契約に成功するとか。異例でしかない」
「…あの、怒らないんですか?」
「怒ってはない。けどすんげぇ心配。まあでも神獣の加護もあるし。俺の妖力もあるから何とかなるか。ぶっちゃけ、あの家に置いておくよりかは良い選択かもな。上手く使いこなせさえすれば最強の武器になる。精々頑張れよ」
「え」

なんかとんでもない案件を引き受けてしまった気がする。
これ別の意味で生きていられるかな。

—ーシャ~

「あ、白蛇さん!」

白蛇は時雨に近づくと腕に巻き付いてきた。
あれから元気になったみたいで一安心。
ツンツンとつつくと嬉しそうに下をチラチラしていた。

「なあ、時雨」

白夜様は真剣な面差しで声をかける。

「俺はこの先も沢山の迷惑をかけるかもしれない。最初に言った通り、俺の存在は今後ただの存在じゃ終わらない。何が起きてもおかしくはない。でもそれでもお前が好きだ。愛してる」
「白夜様……///」
「こんな俺でよければ。これから先もずっと側にいてくれないか?」

最初は単なる政略結婚。
久野家を追い出され異能を持たない自分に諦めかけた時もあった。
でもきっと認めてくれる人が現れると。
信じて渡ってきたこの世界。
そして私は貴方と出会った。
今あるこの気持ち。
それはどうしようもなくただ、貴方のことが愛おしい。

「勿論です。迷惑だなんて思いません。この先もずっと。何が起ころうと私は白夜様のお傍に」

そうして微笑めば口には柔らかいものが。
それが至近距離越しに時雨を見つめる白夜のものであることに気づくのにそう時間はかからなかった。二人は静かに見つめ合えば徐々に縮まる互いの距離。

「愛してるよ、時雨」
「私も愛しています」

そう言うと何も言わず口付けを交わす。
外は快晴。
蝉時雨が暑い夏の訪れを知らせれば、二人の生活はスタートしていった。