ハッと驚くと下に描かれた太極図へ目を向ける。
よく考えてみれば太極図は白で陽、黒で陰。
並びに前鬼は陽、後鬼は陰ではないか。
「各柱に貼られた呪符には四神が封印されている。神獣の持つ強力な神力で封印させることでそいつらは本来、太極図からは出られない仕組みだ。だが美椿は一つ問題を起こした」
「問題?」
「美椿は己の身を自身で絶つ直後、同時に四神の一つ、青龍の封印を解除すると逃がしてしまったのだ」
「え、ちょっと待って下さい!母上が自ら命を絶ったって一体どういうこと⁉」
「彼女はソイツらを憑依化させる段階でも精神を壊すことが無かった。普通の術師では考えられんよ。後から分かったが、それを可能にさせていたのは彼女の持つ神聖力とソイツの加護だ」
私はハッとして白蛇さんを見た。
この子は神獣であり契約者を加護する存在。
まさかこの子…。
「白蛇さん、もしかして母上とは以前契約していたの?」

—シャ、シャ~!!

答えるように白蛇さんは私の方を見つめた。
だが次に八雲さんへと視線を移すと怒りを含んだ顔で威嚇する。
こんなにも怒った白蛇さんを見たのは初めてだ。
「チッ、あの女め。神獣達を味方につけて全ての柱を破壊しよった。青龍だけは何とかしたようだが爪が甘かったな」
「貴方は一体…」
「ふん。彼女を憑依化に成功させ、上手く利用してやる算段が台無しだ。四神は彼女に加護を与え、自らの体を穢してまで式神から守った。…特にソイツはな。だが彼女は実験に耐えきれなかったのか自害し、私との約束を放棄したのだ!ならば次の役目は」
「その為に私をここへ?」
「美椿が駄目になった今、その力を可能にさせるのは君だけだ!時雨、君には是非とも八雲家の為に。術家の未来の為に役立って貰わねば!!」
彼は血走った動向で私を見つめるとニヤリと冷たく笑んだ。とてもではないが正気の沙汰とは思えない。
この人が求めているのは未来ある人々の平和などではない。単純に自分へと求めた利益追求という名の汚い欲求のみ。その為に今までにも多くの術師達が犠牲になってきたのだろう。
かく言う母上もその被害者の一人。
ふざけるな…許さない。
よくも、よくも私の大切な母上を!!
「話は終わったかしら?」
「一華さん⁉」
突如、部屋へと現れた彼女の存在に私は驚きを隠せない。なぜ彼女がここにいるの?
ビックリする私をよそに、彼女は私達の所まで歩いてやって来る。
「あら、久しぶりね時雨。私の封印は上手く効いたようで良かったわ」
「封印?」
「そうよ。アンタをここまで運んで来たのは私のお陰なんだから。ねえ八雲さん?」
「ああ、実にいい仕事ぶりだった。やはり君の力は偉大だな」
部屋での出来事を思い出す。
五芒星の結界の上から封印の結界を二重に構成させたことで外部からの視覚を惑わしたというわけか。私をここまで運んだあの白膜は二人による仕業だったのか。
「ねえ、もういいでしょ?約束は守ったんだし、早くあの方を私に頂戴?」
「勿論。この実験が終わったら直ぐにでも引き渡そう」
あの方?
まさかそれって白夜様のことを言っているの??
「ま、待って下さい!白夜様をどうするおつもりですか⁉」
「は?そんなの決まっているじゃない。当然、私をあの方の花嫁にして貰うのよ。あの方に相応しいのはこの私なんだから。だからとっととアンタはその座から降りなさい」
まずい!
このままでは白夜様が。
一華さんは本気で彼を奪うつもりだ。
ダメ、それだけは絶対にあってはならない!!
「白夜様は私の婚約者です。一華さんには渡せま「(バチン!!)」ッ」
否定する私の顔には突如、衝撃が走った。
一華さんに頬を叩かれたのだと気付く。
「身のほどをわきまえなさい!!時雨、アンタは何?無能、そう無能なの。いい加減その事実を認めたらどうなの?」
彼女は冷めた目で睨めば私の髪を乱暴に掴む。
グイっと上へ勢いよく引き上げられれば、その衝撃で髪の毛が数本床へ落ちる。
意識が朦朧とする。
上手く体勢を立て直すこともできず、私はされるがままだ。
「うっ!」
息が苦しい。
ただでさえ体調が悪いせいでまともな抵抗の一つも出来ない。
「無能なくせに生意気なのよ。何の苦労もしてこなかったアンタに、私の気持ちなんて分かるはずないわ。アンタはただこれからも、そうやって私の下でペコペコと頭を下げて生きていればそれでいいのよ」
取り乱した様子でがくがくと体を揺さぶられる。
そんな中、カランと音を立てて懐から落ちたもの。
おぼつかない意識の中、音のした方に目を向ける。
そこに落ちていたのはあの日、白夜様に貰った椿の簪だ。
「嫌…です」
「え?」
その言葉に一華さんは目を丸くした。
「貴方の言いなりには…もう、なりません。約束したんです。この先もずっと私はあの方のお傍にいると。貴方には死んでも…彼は渡さない!」
それが彼女にできる精一杯の拒絶だった。
約束したんだ。
何処までも一緒にいると。
絶対に、彼女なんかに白夜様は渡さない。
私はもう、貴方達の言いなりにはならない。
「…そ、ならもういいわ。八雲さん」
一華さんは私から手を離す。
私は重力に逆らえば勢いよく床に倒れ込む。
「さっさと始めて」
「いいのか?義理とはいえ、君にとっては姉にあたる子だ」
「あの方さえ手に入れば、後はこの子がどうなろうと私には構わないわ」
一華さんはこちらに向き直り、目の前にしゃがみ込むと意地悪く笑いかけた。
「頑張って悪足搔きしてるとこ悪いけど時間の無駄よ。この実験でアンタは最後まで生きていられるかしら?でももし生き延びたのなら、それは無能なアンタにとって実に名誉なことね。せいぜいあがきなさい。さようなら、お姉様」
「や、やめて…」
「では時雨、始めようか。今日は君にとって素晴らしい日になるだろう。私を失望させてくれるなよ?」
その言葉を合図に太極図は光を放つ。
「ッ!」
私の体には恐ろしく重い負荷がかかり始めた。
痛い、怖い。
逃げたいのに体は固定されたように動かない。
目からは自然と涙が零れ落ちた。
とっさに目の前へ転がる簪に手を伸ばせば白夜様の姿と重なる。
「白夜様…」
愛しい貴方の名前を呼ぶと意識は暗闇へと沈んでいった。