「は?」
頭には鈍器で殴られたような衝撃が走った。
今…なんて言った?
そのあまりにも衝撃的な一言に言葉を失う。
「君の母親である、藤宮美椿(みつば)は久野家へと嫁いだ。だがその後、生まれた君に異能がないと分かると久野家を追い出されたのだ」
「…」
「異能を持たない者にこの世界で生きる価値などない。そう考えれば今の君はそちら側の人間だ。だがもし、その原因を作った犯人が君の母親だと言えば君はどう思うかね?」
母上が私をわざと異能を持たない人間にした?
でもそれなら、何故そんなことをする必要があったのだ。
「藤宮家の人間は特別なのだよ。その歴史は我ら三大術家よりも古い。あの家に生まれた人間、特に女の血には生まれ付きあるものが備わっている。何か分かるかね?」
「…」
「御神の血、つまりは神の力をふんだんに含んだ巫女の血だよ。御神の子とも呼ばれていてね。宿せるのは藤宮家の中でも極限られた者のみだ。彼女達は異能とは異なり神からの御告げを聞き、体内には強大な神聖力を宿すとされている。美椿は実に数十年ぶりに藤宮家が生んだ御神の子だったのだよ」
母上が巫女?
藤宮家の存在がそんなに凄い家系であった事実さえ今初めて知ったことだ。
母上は最後まで何も話すことなく死んでしまったから。
そんな詳しい母上の内情を聞くことはできなかった。
「美椿が久野家から追い出されたあの日、私は彼女の元を訪ねた。その内容は君を貰い受けたいというものだった。久野家の直轄地とされるあの場所では安易に彼女へ近づけん。だが君を引き取ることに関しては、久野家も特に干渉を示さないだろうと思ってね」
久野家の存在をまだ知らなかった私には、その裏で繰り広げられていた事実を知る由もなかった。
だがあの日、母上が戻らなかった理由がこれで分かった。母上はもう、あの時点では術家の人間と絡んでいたのだ。
「だが美椿はそれを拒んだ。大方、私の考えは予知してたのだろう。君には異能を持たないからと。君に手を出さないことを条件に自分が代わりになると私の研究に協力していたのだよ」
「何ですって…」
「ここは術師の強度を測る独自の実験施設だがその仕組みは至ってシンプル。対象者である術師に対象となる式神を憑依させ、体と異能を強化させる。そしてこの部屋はその中でも最も難易度の高い式神を対象者に憑依させるための部屋だ。憑依の対象となる式神は」

()の前鬼、()の後鬼。

「式神。それって安倍晴明の」

陰陽師界でその名を知らぬ者はいない。
日本屈指の力を誇る陰陽師として有名とされた安倍晴明。彼はその昔、多くの悪行を行ったとされる鬼神を使役し、式神として身の周りの世話などをさせていたという。
「我ら八雲家率いる陰陽師は安倍晴明の死後、この式神を酷く持て余してね。何せ元は悪行罰示神、彼らの持つ力は強すぎる。過去に多くの陰陽師達が使役しようと試みたが、逆に精神を操られ呪殺してね。今は厳重な封印が施されたこの部屋にその身を納めているのだよ。正に今、君が居るその太極図の中にね」