白鬼の封印師

ハッとして太極図に目を向ける。
考えてみれば太極図は白が陽・黒で陰。
並びに前鬼は陽・後鬼は陰ではないか。

「各柱の呪符には四神も封印されている。そいつらは本来、太極図から出ることができない。神獣の持つ強力な神力がそれを可能にさせるのだよ。だが美椿は一つ、問題を起こした」
「!!」
「美椿は己の身を自身で絶った。だが直前、同時に四神の一つである青龍を解除してしまえば外部に逃がしてしまったのだ」
「え、ちょっと待って下さい!母が自ら命を絶ったって…一体どういうこと⁉」

絶った?
お母さんが自分から死を??

「美椿は式神を憑依させる段階で精神を壊すことが無かった。普通の術師では考えられん。御神の血だから…だがそれだけで太刀打ちできる輩でもなかろうに。これは後から分かったことだが、精神安定を可能にさせていたのは彼女の持つ神聖力とソイツの加護だ」

八雲は時雨の肩に乗る白蛇を指さす。
時雨は驚いて白蛇を見た。
この子は神獣。
契約者を加護する役目を持つ。
鳳魅との出会いで会うべくして会い、絶対君主であるあの鬼頭白夜を差し置いて時雨を契約者に選んだ。

「…白蛇さん。もしかしてお母さんと前に契約していたの?」

—ーシャ!シャ~~!!

答えるように白蛇は時雨を見つめた。
次に八雲に視線を移せば怒りを含んだ目で威嚇する。
ここまで白蛇が威嚇したのは初めてのことだった。

「チッ、あの女。神獣達を味方につけて全ての柱を破壊しよって。青龍だけは逃がしたようだが爪が甘かったな」
「…貴方は一体」

急に顔色を変えた八雲の様子に時雨は警戒する。

「ふん。美椿を憑依化に成功させ、上手く利用してやるつもりが。計画が台無しだ。四神は加護を与え、自らの体を穢してまで式神から彼女を守った…特にソイツはな。流石の青龍も弱体化でその姿とはな。だがついに彼女は実験に耐えきれず自害したのだ。私との約束を放棄したのだ!ならばその役目は…」
「ま、まさか、、」

八雲は血走った瞳孔でニヤリと笑う。

「美椿が駄目になった以上、その力を可能にさせるのは君だけだ。時雨、君には是非とも八雲家の為に。術家の未来の為に役立って貰わねば!!」

狂っている。
とてもじゃないが正気の沙汰とは思えない。
この人が求めてるのは未来ある人々の平和なんかではない。
単に自分の求める利益と欲。
鼻高々に正義を語っておきながら、汚い野望の裏で過去に何人の術師達が犠牲になってきたのだろう。
母もその一人。
そんな母は死んだ。
この人の野望に押し負けて。
ふざけるな、許さない。
よくも…よくも私の大切な母親を!!

「話は終わったかしら?」
「え、一華さん⁈」

突然現れた一華の存在に驚きを隠せない。
なぜ彼女がここにいるの?
ビックリする時雨だったが、目が合えば一華がコツコツとハイヒールを鳴らして歩み寄ってくる。

「久しぶりね時雨。私の封印が上手く効いたようで良かったわ」
「封印?」
「そうよ。アンタをここまで運んで来たのは私のお陰なんだから。そうよね、八雲さん」
「ああ、実にいい仕事ぶりだった。やはり君の力は偉大だな」

部屋での出来事を思い出す。
五芒星の結界の上から封印の結界を二重張りに作ったことで外部からの視覚を惑わしたというわけか。自分をここまで運んだあの白膜は二人による仕業だったのね。

「ねえ、もういいでしょ?約束は守ったんだし。早く彼を私に頂戴?」
「勿論だ。この実験が終われば直ぐにでも引き渡そう」

彼?
まさか引き渡すって白夜様のことを言っているの?!

「待って下さい!白夜様をどうするおつもりですか!」
「は?そんなの決まってるじゃない。当然、私を花嫁にして貰うのよ。彼に相応しいのは私なんだから。だからとっととアンタはその座を譲りなさい」

ダメ…このままでは白夜様が。
自分がここで実験材料になったのを引き換えに、空いた鬼頭家の花嫁の座を奪うつもりなんだ。一華さんは本気で彼を…白夜様を奪うつもりだ。それだけは絶対にダメ。

「白夜様は私の婚約者です。一華さんには渡せま…」
「口を慎みなさい!」

否定しようとした時雨の頬に衝撃が走った。
一華が頬を叩いたのだ。

「身のほどをわきまえなさい!誰が誰の婚約者ですって。時雨、アンタは何?無能、そう無能なの。いい加減にその事実を認めなさいよ」

冷めた目で睨めば時雨の髪を乱暴に掴む。
グイっと勢いよく引き上げられると衝撃で髪の毛が数本床に散らばった。
意識は朦朧としていて、上手く体勢を立て直せない。
体力が限界に近かった。

「うっ…」
「無能なくせに生意気なのよ。何の苦労もしてこなかったアンタに私の気持ちなんて分かるはずない。アンタはこれからも無能でしかないの。私の下でペコペコと頭を下げて生きてればそれでいいのよ」

苛立ちからか体を揺さぶられる。
抵抗一つできず、されるがままの状態でカランと音を立て懐から落ちたもの。おぼつかない意識の中、音のした方に目を向ければ落ちたのはあの日、白夜から貰った椿の簪。それを見た時雨は目を見開いた。

「嫌…です」
「え?」

気がつくと抵抗していた。
その言葉に一華も目を丸くした。

「貴方の言いなりにはもう…ならない。約束したんです。この先もずっと…私がお傍にいると。だから…貴方には死んでも彼は渡さない!」

それが今できる精一杯の抵抗だった。
約束した。
何処までも一緒にいると。
貴方のお傍にいると。
誰にも白夜様は渡さない。
もう、貴方達の言いなりにはならない。

「…そ。ならもういいわ。八雲さん」

時雨から手を離す一華。
勢いよく床に倒れ込むんだ時雨を冷たく見下ろす目。
そこに含むのは嫉妬、そして憎悪だ。

「さっさと始めて」
「いいのか?義理とはいえ、君にとっては姉にあたる子だ」
「あの方さえ手に入れば、後はどうなろうと構わないわ」

一華は目の前にしゃがみ込むと意地悪く笑う。

「悪足搔きしてるとこ悪いけど時間の無駄よ。この実験でアンタは生きてられるのかしら?でもそうね~もし生き延びたのなら、それは無能なアンタにとって実に名誉なことじゃない。せいぜいあがきなさい。さようなら、お姉様」
「では時雨、さっそく始めようではないか。今日は君にとって素晴らしい日になるだろう。私を失望させてくれるなよ?」

その言葉を合図に太極図が光を放つ。
体にはのしかかる強い痛み。
逃げたいのに体は固定されたように動かない。
怖い、寒い、苦しい。
目からは自然と涙が零れ落ちた。
すると目の前へ転がる簪に目がいった。
とっさに手を伸ばし簪を握りしめれば白夜の姿と重なる。

お前が愛おしい。

愛してる、時雨。

「あぁ…白夜様。ごめんなさい、、」

愛しい貴方の名前を呼ぶと意識は暗転していった。