気づいた時、私は真っ白な知らない部屋の中に寝かされていた。熱があるせいか体が重くフラフラする。
力の入らない身で何とか体制を立て直せば辺りを見回す。
「何…ここ」
室内は眩しいほどに明るく、どこまでも真っ白な空間だった。よく見れば自分のいる場所が部屋の真ん中に位置していることが分かった。
そして自分のいる場所に大きく描かれた模様。
「これは、太極図?」
部屋の中心に描かれていたのは大きな太極図だった。
どうやら私はその上で眠っていたらしい。
他にもいくつか奇妙な点が多く見受けられた。
まずこの部屋にはこの太極図を中心とした、四方の壁に大きな柱が建て付けられている。
各柱には謎の呪符も貼ってあって気味が悪い。
「四神の絵?」
次に目に映ったのは、四方の壁に描かれた四神の絵だった。四神は北を玄武としてそれぞれの方角を守護する中国の霊獣だ。
この部屋では太極図を中心に見た時、四神の描かれる各壁は描かれる四神の種においてその壁面がどの方向を示しているのかが分かるようになっているのだろう。
「気が付いたかね」
「あ、貴方は!」
突然、後ろからは声がして振り返る。
するとそこにいたのはあの日、久野家の訪ねてやって来た男性だった。
「会うのはこれで二度目かな。改めて自己紹介しよう、私は八雲家当主を務める八雲浩司だ」
「八雲家…ではあの陰陽師の?」
「ああ、そしてここはそんな八雲家の中でも極限られた一部の人間しか立ち入ることの出来ない極秘の研究所だ。君には是非とも私の研究に協力して貰いたくてね」
言っている意味が理解できない。
八雲さんを見てみればその瞳は笑っている筈なのに光がなかった。
私はこの瞳を最近、どこかで見たような気がする。
「君も知っている通り、八雲家の家業は陰陽師だ。神力によって厄を払い邪気を浄化する。それが何千年も前から代々受けつがれてきた我らの技法。陰陽師の血を引き継ぎ、三大術家に数えられる私達の存在はその血を絶やすことは決してあってはならない」
そう言い語り始めた八雲さんの様子に私は黙って耳を傾けた。
「術師達の歴史は古い。勿論、私の体にも陰陽師の血は流れている。だが最近になってからはある問題が起きてね」
「…」
「歴史は古くとて、今尚三大術家の力は衰えることはない。だが限界とはくるものだよ。どんなに過去の術師達がその異能を今世へ残そうが、代が変わるごとにその血は薄れていく。だが人口の増加は止まらない。多くの人間が排出する邪気を浄化する中、私達の手元からは常に優秀な胎の花嫁が隠世へと送られてしまう」
「それは…」
「隠世から奴らが出てこない為にも。邪気が漏れ出ない為にも花嫁の存在は外せない。だがそれでは我らの手元に残るのは血の薄れた異能者達のみ。強く無ければ邪気に飲み込まれ死ぬ。だが浄化しなければ我らの立場がない」
邪気は契約のお陰で必要最低限にまで抑え込めている。
だがそれは隠世から妖達が出てこなくなった分のリカバリーが出来ているだけであって根本的な対策にならない。人口増加が激しくなるにつれて排出される邪気の量も多い。
現在残る術師達だけでは手が回しきれない。
尚且つ、異能を持って生まれたとしても、力が弱ければ死んでしまう。花嫁のいなくなった今、各家系からは強い術師が生まれないのだと八雲さんは言う。
「奴らが現世に出れなくなったのは大いに喜ばしいこと。でもそれでは私達が可哀想だとは思わんかね?このままいけば、何れ我ら異能一族は途絶えてしまう。だから私は考えたのだよ。どうすればこの血を絶やすことなく強い術師達を来世に残せるのかをね」
八雲さんはそう言うと私へ向き直った。
私は謎に嫌な予感がした。
「君の母親は実に優秀な人間だったよ。私の定めたカリキュラムも難なくこなしてみせたし。他の術師とは比べ物にならないほど、強い精神を維持していた」
「母上をご存知なのですか⁈」
彼の口から母上の名前が出たことに驚きだ。
母上は過去、八雲家との関わりがあったというのか?
でもそんな話、一度も母上から聞いたことはない。
「はは、もちろん知っているさ。だって」
ーー君の母親を殺したのは、私なのだから。