「早く、急いで替えの水を持ってきて!」
使用人達は慌ただしく屋敷内を駆け回る。
あれから隠世に戻ってからの私の体は良くなるどころかどんどんと悪化していった。
熱が下がらず力も入らない。
今では起き上がることすら困難な状況になってしまった。
「ハアハア」
息遣いも荒く、意識が朦朧とする。
皆が何をしているのかさえハッキリと認識できないほどに。
「時雨様…」
お香は苦しそうに息を荒げる時雨を悲しげに見つめていた。ついこの間まではあんなに元気に過ごされていたというのに。
一体、時雨様の身に何が起きているというのだ。
「入るわよ」
「…お翠様」
扉が開き、中へ入ってきたお翠はこの状況に思わず息をのんだ。
「一体何がどうなってんのよ…」
「お翠様…私、もうどうしたらいいのか」
お香は時雨の手を握りしめた。
ずっと必死に涙をこらえていたようだったが遂に泣き崩れてしまった。
そんなお香にお翠は何も言わずに傍まで歩み寄る。
置かれた氷水の入った桶からタオルを取り出せば時雨のおでこに乗せる。
「酷い熱ね」
額に触れると想像以上に熱が高くて驚いてしまう。
「いつからこうなの?」
「それが本当に昨日までは何もなかったのです。今朝方、中々朝食にいらっしゃらないと思い来てみたらこんな感じで」
人間が隠世で生きていくには体への負荷が大きすぎる。
空気も生活も向こうとはスタイルが異なるから。
気づかぬうちに不調を招いていたなんてことはよくある話だ。
何より、この世界の邪気は人間にとって猛毒。
「邪気の影響がここにきて現れたかしら」
「私も初めそう思いました。ですがそれにしては早すぎます。術師の方々は一般の人間とは違って邪気にはある程度の耐性もありますし」
「確かにそれもそうね。加えて白夜様の花嫁ならば、少なからず彼の妖力で体は守られるだろうし」
だとすれば原因はなんだ。
二人は顔を見合わせるが答えは出てこない。
「うう…」
「!」/「時雨様⁉」
時雨は閉じていた目を開くとぼーっと一点を見つめる。
「時雨様、私の声が聞こえますか⁉」
時雨からの応答はない。
だが息遣いは荒い。
顔も真っ赤にさせて苦しそうにしている。
「…ま」
「「?」」
震える口を開けて必死に何かを訴えようとする時雨。
二人はその言葉を聞き取ろうと集中して耳を傾ける。
「白夜…様」
「「!!」」
時雨は何度も白夜の名前を口にしては顔を歪め熱にうなされていく。
「時雨様…」
「…」
彼を連呼する時雨の姿にお翠は複雑な気持ちだった。
あの方を好きな気持ちは今も変わらない。
だが一度の過ちで自分を殺すとこだったあの日、助けたのは他ならぬ時雨本人だった。
二度も助けられたこの命。
これは自分なりのけじめだ。
今更何を思おうか。
この女が彼のものになろうとも。
もうそこに入り込もうとする馬鹿な自分はいなかった。
「入るぞ」
「若様!」/「!」
突如、扉が開けば部屋へ入ってきた白夜の存在に二人は驚くも直ぐにかしこまれば一礼する。
「時雨の様子は?」
「あれから回復の兆しが見えません。ですが時雨様は先程から何度も若様の名前を呼んでおられまして」
「…悪いけど、お前達は席を外してくんね?」
「「畏まりました」」
白夜の一言で二人はもう一度一礼すると時雨の部屋から退室していく。二人しか居なくなった空間で、白夜は時雨の元まで寄るとその様子を確認する。
「ハアハア…」
「…」
白夜は時雨の体へと手をかざす。
気休め程度ではあるが、己の妖力を彼女の体へと送り込む。
こころなしか少し息遣いが軽くなったようにも思える。
「…ま、白…夜様」
「時雨、俺の声が聞こえるか?」
時雨からの呼び声に白夜は答えるように言葉を投げかけた。と、時雨はその声に反応するようにして白夜の方へと顔を向けた。
「ん…白夜様?」
「そうだ俺だ。ここにいる」
手を握れば自分の存在を知らせてやる。
「熱い、苦しいの。助けて」
「辛いな、遅れて悪かった。今、鳳魅に解熱剤の調合を頼んできたから。薬ができるまでもう少し頑張ってくれ」俺は汗ばんだ額についた髪を払いのけるとその頭を優しく撫でた。
「…白夜様」
「ん?」
「愛してます。だからお願い、捨てないで。私を…置いていかないで」
「!!」
虚ろな眼差しがこちらを見つめた。
その瞳はどこか泣きそうなほどに悲しく思えて。
「捨てないし置いていかない。言ったはずだ、俺はお前だから好きになったと。これから先、俺の隣を歩くのはお前一人で十分だ。だから今は安心して休め。元気になったらお前の好きなこと一杯しような」
時雨はその言葉に安心したのかゆっくり目を閉じれば深い眠りに落ちていった。俺はその様子を確認すると、その頬へ顔を近づけそっと口付けをする。
「愛してる」
スヤスヤと眠るその姿を見つめ囁いた。
「…にしても分かんねぇ、何がここまでコイツを苦しめている」
枕元に眠る神獣へ視線を向ける。
コイツもかなり参っているようだ。
それでも時雨の元を離れようとはせず、ピタリと寄り添えば目を閉じて眠っている。
原因となる要因は幾つか考えるも今一つヒットしない。
「…鳳魅から連絡がきたな。悪いが少しだけ席を外すけど、直ぐ戻ってくるから大人しく待ってろよ」
眠る彼女に静かに呼びかけると部屋を出る。
早く原因を解明しなければ。
これ以上、あんな苦しい顔をさせてたまるかよ!
寝静まった部屋の中、その瞬間は突如として訪れた。
床に浮かび上がった五芒星はその少女を取り囲めば大きな結界を形成する。
「…え?」
—シャー!!
眩しいほどに強い光が少女達を照らす。
外側からは包み込むようにして白い膜が二重にかかる。
次の瞬間、パッと光が部屋全体に照らし出されたかと思うと少女達の姿は跡形もなくその場から消えたのだった。
ーー式極思業双呪縛 閉門
使用人達は慌ただしく屋敷内を駆け回る。
あれから隠世に戻ってからの私の体は良くなるどころかどんどんと悪化していった。
熱が下がらず力も入らない。
今では起き上がることすら困難な状況になってしまった。
「ハアハア」
息遣いも荒く、意識が朦朧とする。
皆が何をしているのかさえハッキリと認識できないほどに。
「時雨様…」
お香は苦しそうに息を荒げる時雨を悲しげに見つめていた。ついこの間まではあんなに元気に過ごされていたというのに。
一体、時雨様の身に何が起きているというのだ。
「入るわよ」
「…お翠様」
扉が開き、中へ入ってきたお翠はこの状況に思わず息をのんだ。
「一体何がどうなってんのよ…」
「お翠様…私、もうどうしたらいいのか」
お香は時雨の手を握りしめた。
ずっと必死に涙をこらえていたようだったが遂に泣き崩れてしまった。
そんなお香にお翠は何も言わずに傍まで歩み寄る。
置かれた氷水の入った桶からタオルを取り出せば時雨のおでこに乗せる。
「酷い熱ね」
額に触れると想像以上に熱が高くて驚いてしまう。
「いつからこうなの?」
「それが本当に昨日までは何もなかったのです。今朝方、中々朝食にいらっしゃらないと思い来てみたらこんな感じで」
人間が隠世で生きていくには体への負荷が大きすぎる。
空気も生活も向こうとはスタイルが異なるから。
気づかぬうちに不調を招いていたなんてことはよくある話だ。
何より、この世界の邪気は人間にとって猛毒。
「邪気の影響がここにきて現れたかしら」
「私も初めそう思いました。ですがそれにしては早すぎます。術師の方々は一般の人間とは違って邪気にはある程度の耐性もありますし」
「確かにそれもそうね。加えて白夜様の花嫁ならば、少なからず彼の妖力で体は守られるだろうし」
だとすれば原因はなんだ。
二人は顔を見合わせるが答えは出てこない。
「うう…」
「!」/「時雨様⁉」
時雨は閉じていた目を開くとぼーっと一点を見つめる。
「時雨様、私の声が聞こえますか⁉」
時雨からの応答はない。
だが息遣いは荒い。
顔も真っ赤にさせて苦しそうにしている。
「…ま」
「「?」」
震える口を開けて必死に何かを訴えようとする時雨。
二人はその言葉を聞き取ろうと集中して耳を傾ける。
「白夜…様」
「「!!」」
時雨は何度も白夜の名前を口にしては顔を歪め熱にうなされていく。
「時雨様…」
「…」
彼を連呼する時雨の姿にお翠は複雑な気持ちだった。
あの方を好きな気持ちは今も変わらない。
だが一度の過ちで自分を殺すとこだったあの日、助けたのは他ならぬ時雨本人だった。
二度も助けられたこの命。
これは自分なりのけじめだ。
今更何を思おうか。
この女が彼のものになろうとも。
もうそこに入り込もうとする馬鹿な自分はいなかった。
「入るぞ」
「若様!」/「!」
突如、扉が開けば部屋へ入ってきた白夜の存在に二人は驚くも直ぐにかしこまれば一礼する。
「時雨の様子は?」
「あれから回復の兆しが見えません。ですが時雨様は先程から何度も若様の名前を呼んでおられまして」
「…悪いけど、お前達は席を外してくんね?」
「「畏まりました」」
白夜の一言で二人はもう一度一礼すると時雨の部屋から退室していく。二人しか居なくなった空間で、白夜は時雨の元まで寄るとその様子を確認する。
「ハアハア…」
「…」
白夜は時雨の体へと手をかざす。
気休め程度ではあるが、己の妖力を彼女の体へと送り込む。
こころなしか少し息遣いが軽くなったようにも思える。
「…ま、白…夜様」
「時雨、俺の声が聞こえるか?」
時雨からの呼び声に白夜は答えるように言葉を投げかけた。と、時雨はその声に反応するようにして白夜の方へと顔を向けた。
「ん…白夜様?」
「そうだ俺だ。ここにいる」
手を握れば自分の存在を知らせてやる。
「熱い、苦しいの。助けて」
「辛いな、遅れて悪かった。今、鳳魅に解熱剤の調合を頼んできたから。薬ができるまでもう少し頑張ってくれ」俺は汗ばんだ額についた髪を払いのけるとその頭を優しく撫でた。
「…白夜様」
「ん?」
「愛してます。だからお願い、捨てないで。私を…置いていかないで」
「!!」
虚ろな眼差しがこちらを見つめた。
その瞳はどこか泣きそうなほどに悲しく思えて。
「捨てないし置いていかない。言ったはずだ、俺はお前だから好きになったと。これから先、俺の隣を歩くのはお前一人で十分だ。だから今は安心して休め。元気になったらお前の好きなこと一杯しような」
時雨はその言葉に安心したのかゆっくり目を閉じれば深い眠りに落ちていった。俺はその様子を確認すると、その頬へ顔を近づけそっと口付けをする。
「愛してる」
スヤスヤと眠るその姿を見つめ囁いた。
「…にしても分かんねぇ、何がここまでコイツを苦しめている」
枕元に眠る神獣へ視線を向ける。
コイツもかなり参っているようだ。
それでも時雨の元を離れようとはせず、ピタリと寄り添えば目を閉じて眠っている。
原因となる要因は幾つか考えるも今一つヒットしない。
「…鳳魅から連絡がきたな。悪いが少しだけ席を外すけど、直ぐ戻ってくるから大人しく待ってろよ」
眠る彼女に静かに呼びかけると部屋を出る。
早く原因を解明しなければ。
これ以上、あんな苦しい顔をさせてたまるかよ!
寝静まった部屋の中、その瞬間は突如として訪れた。
床に浮かび上がった五芒星はその少女を取り囲めば大きな結界を形成する。
「…え?」
—シャー!!
眩しいほどに強い光が少女達を照らす。
外側からは包み込むようにして白い膜が二重にかかる。
次の瞬間、パッと光が部屋全体に照らし出されたかと思うと少女達の姿は跡形もなくその場から消えたのだった。
ーー式極思業双呪縛 閉門