○◯◯
初めて異能を開花させた日のことを覚えている。
得体の知れない黒い正体。
だが手に触れた瞬間、音を立てて縮まれば私の体へ吸い込まれていった。
何が起こったのか分からず固まる。
だが代わりに声を出したのは両親達だった。
「あのレベルの邪気を封印したのか⁈天才だ…お前は天才だ!」
「凄いわ一華!!さすがは私達の娘よ!」
私を抱き上げる父に喜ぶ母。
後に聞けば、あれは邪気というものらしい。
人間の持つ負の感情から生まれた邪気を浄化することが出来るのは異能を持つ人間達だけ。
そんな家に生まれた私は特別な人間なんだって。
異能を使い、邪気を封印し浄化する。
それが久野家に与えられた宿命であり使命。
私の持って生まれた運命だった。

ーーバタン!

「ッ!」
今日も今日とて邪気を封印する。
暗く何も無いこの部屋に閉じ込められる数時間。
最初は怖かったこの行為にも慣れてきた。
時刻を知らせる時計も外の光でさえも、この部屋には一切届かない。冷たい部屋の中、私は襲い掛かる邪気を前に次々とそれらを封印していく。
「くそ、早く。いいから早く立ちなさいよ」
床に倒れ込む私の体はとうに限界を迎えていた。
それでもやらなければ。
このムカつくほどに濃い、強い悪臭を放つ邪気達を前に無理やり体を叩き起こせば今ある力を極限まで上げる。

ーー異能を持たぬ者に価値などない。

ずっと言われ続けてきた言葉。
三大術家に生まれた人間は特別でなければならない。
異能を持たずしてこの世界で生きる価値などない。
特別な人間は特別枠から外れることはあってはならないのだ。
私は天才なのよ。
生まれ持つ異能も美しい容姿も。
その何をとっても久野家の令嬢に相応しく常に完璧だった。
どんなに訓練に過酷さが増そうが。
体がボロボロになろうが関係ない。
私の存在が完璧である限り、今日もまた私は認められる自分の存在に誇りを感じる。
そう、アンタが現れるまでは。
「時雨です」
あの日、手をついて頭を下げるその子を遠目越しに見つめた。聞けばお父様と前の人との間にできた子で、私の義理の姉にあたるらしいが異能を持たないらしい。
一瞬でその子が嫌いになった。
術家の人間が異能を持たない。
つまりその子はこの世界において、その身に価値など一つもないんだ。
姉だなんて。
無能であることに変わりないアンタの存在が恥ずかしくてたまらなかった。
姉だなんて認めない。
無能なくせに。
今更、私の枠に入り込もうとするだなんて。
そんなんこの私が許すとでも思ってんの?
アンタは完璧な存在になれなかった。
ならばその存在(無能)を認めて貰おうだなんてバカな真似、この私が絶対に許さない。
完璧になるのは、私一人で十分なのだから。
許さない。
私は完璧であるはずの人間だというのに。
無能なアンタが私の視界に。
あの人の視界に入ることだけは絶対に許さない。
あの方は私が見つけた私だけのもの。
一目で心を奪われた私はあの日強く確信した。
あの方は私の運命なのだと。
私と結ばれる為に生まれてきてくれたんだって。
私は完璧なのだから。
だからあの方と結ばれるのは当然のことでしょ?
なのにどうして…。


「どうしてアンタなのよ」
無能なくせに。
何もできない役立たずの分際で。
ああ憎い、憎くてたまらない。
無能なアイツが。
久野時雨が。
「そんなにあの男が欲しいか」
声を掛けた男はニヤリと笑い、私を見下ろした。
「欲しいのだろう?ならば手に入れればいい。欲しい物を手に入れることの何が悪い」
「貴方、誰?」
「私は八雲浩司。是非とも君に協力して貰いたいことがあってね」
光のない、闇を含んだ真っ黒な目。
この瞳を持つ人間を私はよく知っている。
「君は鬼頭家の花嫁になりたいのだろ?純血の血、つまりは鬼頭白夜の花嫁に」
「鬼頭白夜…なんて素敵な名前。そう、あの方は白夜というのね。貴方は私をあの方の花嫁に出来るの?」
「協力しよう。だが一つ、交換条件といこうではないか」
「交換条件?」
すると男は笑って頷いた。
「久野時雨を取り戻したい。だが私だけでは力不足だ。だがら君の力を借りたいんだ」
時雨を?
なぜ、八雲家があの子を必要とするのだろうか。
いや、そんなことはどうだっていい。
あの方さえ手に入れることができれば。
「…本当に白夜様が手に入るのね?」
「ああ、約束しよう」
甘い誘惑に差し出された手。
これが何を示すかなんて言われなくても分かってる。
とても危険な行為だということは。
でもそれでもいい。
そう、私は完璧なの。
間違えはこの私が許さない。
あの方を手に入れる、その為ならなんだってしてやる。
「いいわ、その条件のってあげる」
交わされた握手。
始まる愚行。
必ず貴方様を手に入れてやる。
アンタには負けない。
絶対に渡さない。
あの方は私のもの。
ふふ、待っててね。
私だけの王子様♡