「佳子たちにどう思われたって、いまは平気」
「え……?」
「一緒にいたいと思える人に、知ってもらえたらそれでいいの。目に視える個性がなくてもね、遠山千怜はお前だ——って。永島さんがそう言ってくれたら、それでいいの。だからその……そういう関係になりたい、です」

 なんだか臭い台詞を放つキャラクターのようで、途中から気恥ずかしくなる。徐々に細まっていく語尾を聞き終えた彼女は、クスッ、と笑みを溢す。

「なんだ。そっか。了解した」

 短くそう言い終えると、今度はワハハと笑い出す。高い空に響いたその笑い声は、悠々と飛ぶ鳥たちにも届いていそうなほどだった。

「そ、そこまで笑わなくても……」
「違う違う。嬉しいの。嬉し笑い」
「嬉し泣きなら分かるけど、それ普通だよ」
「あ、確かに」

 同じ目線で顔を見合わせると、同じタイミングで笑みが漏れる。そんな些細なことで、彼女の心に少しだけ触れられたような気がした。

「あとね。後夜祭のときも、嬉しかったよ」

 永島さんは髪の束を耳に掛けて、優しく微笑む。

「一緒に歌おうって言ってくれたでしょ。まぁ、私音痴だからパスしたけどさ」
「うん。そうだった」
「なーんか、あーやって騒いでる人たちの横で息潜めて仕事する、みたいなの。全然嫌いじゃないし、むしろ気にされない方が円滑に事が進んでるってことだから、苦じゃないんだよ。それが生徒会の仕事っていうか、好きでやってるしさ」
「……うん」
「でもさ。遠山さんが声かけてくれて、見つけてくれてなんか嬉しかった——だから、ありがとね」

 紅潮した頬に吊られて、顔が熱くなる。見惚れてしまいそうなほど涼しげで、綺麗な彼女の笑みは、無意識に張っていた緊張の糸をゆっくり解いた。
 瞬間、憧れの対象だった永島友希が、初めて友達と呼べる存在になったのだと思えた。

「とーこーろーでー」

 器量の良い友人は、柔い笑みから一転させて口角をキュッと持ち上げる。それさえも絵になってしまう表情にドキリとしながら、私は喉を鳴らした。

「な、なに……?」
「さっきから校舎の方見てソワソワしてるの、もしかして、綾崎先生のこと探してる?」
「へ?!」

 肩が跳ねるのと同時に大きな声が飛び出して、急いで口を塞ぐ。周りを見渡しながら、あまり注目を浴びていないことに安堵した。
 ……それより、私は無意識に視線を注いでしまっていたのだろうか。

「数学準備室だもんねぇ~、アッチの方」

 永島さんはお見通し、と言いたげな様子で自分の後ろを振り返る。彼女の視線の先には、綾崎先生がよく通る廊下の窓が、日光を反射していた。

「だ、だって……」
「だって?」

 彼女は愉しそうに、火照った私を覗き込む。

「先生……、学祭の日から会えてないし、」

 そうなのだ。綾崎先生は学祭の振り替え休日以降、体調を崩して学校を休んでいた。なので、ここ二日は代わりに副担任の朝ちゃんが教壇に立っている。
 綾崎くんと出会うまでの私だったら、そんな非日常感に少し沸き立っていただろうけど、今は一日以上会えないだけで心がざわつく。……早く会いたくて、仕方がない。それに——、

「それに、先生に渡したいものがあって……」
「ふふ~ん。そんな遠山さんに朗報を授けよう」

 セーラー服の胸ポケットに沈ませた、彼の落とし物。その感触を確かめながら、したり顔で腕を組む永島さんに首を傾げる。朗報?と復唱すれば、彼女は私の背中を押すように言った。



 —— “今朝ね、職員室で聞いたの。先生、午後の授業から復帰するんだって。だから、もう準備室にいるかもよ”