「いやいや、他のクラスもそんなもんよ。二組は占いだし、三組はバルーンアート。やたら規制が厳しいからさあ」
「うっわ。地味~。カフェとかやりたかったわ、普通に」
「でもあれでしょ? 飲食系が禁止なのって、昔事故があったからだって。なんか、火事で死んじゃった生徒がいるんだって」
「えっ、なにそれ。いつの話?」
「つーか、昔の事故なんて知んないし。気を付ければいいだけの話じゃん? んなことより、好きなことやらせろー」
「ハハッ、確かに」
教室の中心で、佳子に群がる女子たちが佳子と同じように笑う。派手な風貌も強かな性格も持ち合わせている個性的な佳子は、まるで磁極みたいだ。辛うじて輪の隅に置かれた私は、秀逸な表現が浮かんだことだけに笑みを溢した。
会話に入ることを拒絶されたのは、昨日の朝からだった。
実際に「入るな」と言われた訳ではないけれど、私が話すだけで静まり返る場の空気と、「ふーん」とか「で?」といった佳子の粗雑な相槌が、彼女たちと私の間に線を引いた。態度が変わった理由を告げられた訳ではないけれど、思い当たる節は一つしかない——田淵くんだ。
佳子が田淵くんを「カッコいい」と話していたことは知っていたけど、恋愛対象として意識していたと知ったのはつい昨日のことだ。
“ほら今だよ佳子。田淵くん誘いなよ”
“学祭、一緒に回りたいって言ってたじゃん。チャンスチャンス!”
周りの女子たちがそう囃し立てるのを聴いて、背筋がゾクリとした。直後、佳子から注がれた鋭い視線は刃となって、背中から心臓を貫いた。
“でもなあ。田淵くんってかなり物好きらしいし? 私みたいなのじゃ、断られるに決まってるって。……ねえ、千怜もそう思わない?”
きっと、私だけが知らされていなかった。きっと、校内清掃のときに田淵くんから誘われていたところを、仲間内の誰かに見られていたんだ。四面楚歌という言葉が脳裏に浮かんだのは、佳子以外の視線がとどめのように刺さったからだ。
瞬間、しきりに「変わってるよ」と吐かれていた言葉が好意的なものではなかったことに、私はようやく気がついた。
だからいま許されているのは、彼女たちと同じ空間を共にしているかのように笑みを貼り付けるだけ。虚しいことこの上ない。それなのに、一線を引かれても立ち退かなかったのは、佳子のグループに居ることも個性の一因として成り立っていたからだ。
——ああ、そうか。私という人間は、築き上げる友人関係も中途半端だったのか。
思えば個性を繕う要因となった小学生の頃だって、一緒に遊んでいた女の子たちとは決して気の置けない友人関係ではなかった。
「おーい。授業始めんぞー席につけー」
佳子たちの和音に入り込む異形の音階が、狭苦しい教室に響き渡る。担任で、かつ大嫌いな数学を受け持つ綾崎先生が教壇に立つと、佳子たちは各々の席へ散らばった。「うわっ、来んの早ぇよ」と小言を吐いた佳子には目もくれず、颯爽と教科書を開く先生の佇まいが羨ましい。
私は再び羨望を抱きながら、持ち上げていた口角を横に結んだ。
記憶力だけでは賄えない、大嫌いな数学の授業といえど、昨日今日に限ってはとても穏やかに感じられた。佳子たちの輪に入らなくても、周りから違和感を覚えられることのない時間が至福だった。
「うっわ。地味~。カフェとかやりたかったわ、普通に」
「でもあれでしょ? 飲食系が禁止なのって、昔事故があったからだって。なんか、火事で死んじゃった生徒がいるんだって」
「えっ、なにそれ。いつの話?」
「つーか、昔の事故なんて知んないし。気を付ければいいだけの話じゃん? んなことより、好きなことやらせろー」
「ハハッ、確かに」
教室の中心で、佳子に群がる女子たちが佳子と同じように笑う。派手な風貌も強かな性格も持ち合わせている個性的な佳子は、まるで磁極みたいだ。辛うじて輪の隅に置かれた私は、秀逸な表現が浮かんだことだけに笑みを溢した。
会話に入ることを拒絶されたのは、昨日の朝からだった。
実際に「入るな」と言われた訳ではないけれど、私が話すだけで静まり返る場の空気と、「ふーん」とか「で?」といった佳子の粗雑な相槌が、彼女たちと私の間に線を引いた。態度が変わった理由を告げられた訳ではないけれど、思い当たる節は一つしかない——田淵くんだ。
佳子が田淵くんを「カッコいい」と話していたことは知っていたけど、恋愛対象として意識していたと知ったのはつい昨日のことだ。
“ほら今だよ佳子。田淵くん誘いなよ”
“学祭、一緒に回りたいって言ってたじゃん。チャンスチャンス!”
周りの女子たちがそう囃し立てるのを聴いて、背筋がゾクリとした。直後、佳子から注がれた鋭い視線は刃となって、背中から心臓を貫いた。
“でもなあ。田淵くんってかなり物好きらしいし? 私みたいなのじゃ、断られるに決まってるって。……ねえ、千怜もそう思わない?”
きっと、私だけが知らされていなかった。きっと、校内清掃のときに田淵くんから誘われていたところを、仲間内の誰かに見られていたんだ。四面楚歌という言葉が脳裏に浮かんだのは、佳子以外の視線がとどめのように刺さったからだ。
瞬間、しきりに「変わってるよ」と吐かれていた言葉が好意的なものではなかったことに、私はようやく気がついた。
だからいま許されているのは、彼女たちと同じ空間を共にしているかのように笑みを貼り付けるだけ。虚しいことこの上ない。それなのに、一線を引かれても立ち退かなかったのは、佳子のグループに居ることも個性の一因として成り立っていたからだ。
——ああ、そうか。私という人間は、築き上げる友人関係も中途半端だったのか。
思えば個性を繕う要因となった小学生の頃だって、一緒に遊んでいた女の子たちとは決して気の置けない友人関係ではなかった。
「おーい。授業始めんぞー席につけー」
佳子たちの和音に入り込む異形の音階が、狭苦しい教室に響き渡る。担任で、かつ大嫌いな数学を受け持つ綾崎先生が教壇に立つと、佳子たちは各々の席へ散らばった。「うわっ、来んの早ぇよ」と小言を吐いた佳子には目もくれず、颯爽と教科書を開く先生の佇まいが羨ましい。
私は再び羨望を抱きながら、持ち上げていた口角を横に結んだ。
記憶力だけでは賄えない、大嫌いな数学の授業といえど、昨日今日に限ってはとても穏やかに感じられた。佳子たちの輪に入らなくても、周りから違和感を覚えられることのない時間が至福だった。