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 まさか「お迎え」が綾崎先生のことだったなんて——。
 体の主であったはずの彼女(・・)を知るためにバッグの中身を物色しながら、街灯に照らされた背中の後ろをついていく。
 三橋先生が共働きの親に連絡を取ったところ、直ぐ迎えに来ることは難しく、「それなら委員の生徒に送らせます」という提案に発展し、ちょうど保健委員だった綾崎充が請け負ったらしい。

宮城(みやぎ)、なんでそんな後ろに居んの。道案内ないと困る」

 瞳は大きいけれど、あまり目付きの良くない顔が振り返る。
 眼鏡がないと余計にヤンキーっぽいから、やめた方がいいよ先生。と余計なお世話を浮かべながら、私は物色を止めて隣へ走った。ちなみに、道案内は前を行くざらめが教えてくれているので、不自然なく道を歩けた。

 “宮城(みやぎ) 透子(とうこ)”——。それがこの体の名前で、クラスは綾崎充と同じく二年一組。つまり、学年も千怜(わたし)と同じということになる。
 教科書類には丁寧に付箋が貼られていたり、マメにノートを取っている形跡が見られたので、透子(カノジョ)はとても真面目で勉強熱心な高校生なのだと推測できた。
 ……それが、どうして火事に巻き込まれるようなところにいたのだろう。

「怪我、本当に大丈夫か」

 十年前の綾崎先生は、襟足に青さを乗せてこちらに視線を流す。現代よりもぶっきら棒な点は否めないけれど、世話焼きなところは変わらないらしい。
 これはきっとモテちゃうだろうな——……先生、絶対モテてたでしょう。私は寄せられた瞳の奥に、先生を探してしまった。

「おい。宮城」
「あ……ごめん。うん、大丈夫だよ」
「体調悪かったら、明日の事は気にすんなよ。学祭は来年もあるし」
「え?」
「あー……まあ、来年はどうなるか分かんねぇか」

 言いながら、彼は首の後ろの方に手を回してそっぽを向く。透子であればこの言動の意味が分かるのかもしれないけれど、私にはサッパリだ。……どうしてこういうときに、あの案内猫は助け船を出してくれないのだろう。

「……明日は、ちゃんと出るよ」

 無難に紡ぐと、彼は「そっか」と軽く頷く。

「じゃあ、校内のどっかで適当に待ち合わせるか」

 しかし、続けられた言葉に思わず「え?」と口走った。条件反射で目を見開いてしまったので、彼は探るような瞳でこちらを覗く。その双眸には既視感があった。“現代”で得た既視感だ。

「え?って、宮城が誘ったんだろ」
「そ、うだよね……ごめん、なんかぼうっとしてて」
「別にいいけど。……あーあと、周りの奴らが面倒くさい絡みしてくるかもしんないけど、基本無視していいから」
「絡み?」
「……学祭、宮城に誘われたって吐かされた。悪い」

 つーか、あの火事で普通にやんのかよ。すごいよな、うちの高校。
 そう続けられる台詞はまるで耳に入ってこず、私は短い時間で懸命に思考回路を巡らせた。
 導かれた結論はひとつ。宮城透子は学祭を一緒に回るために先生を誘った——ということ。そして、透子は先生に好意を寄せていた可能性が高い。しかも、それが先生にもすでにバレている可能性が高い。“学園祭に誘う ≒ 好意” と捉える思考は十年前も同じはずだ。
 ……なんて羞恥プレイなの。私は思わず額を押さえた。