「ふうん。私を“仲直り”のだしに使っても良かったのに」
「え?」
「共通の敵を作ると、人間は内集団——つまり味方の範囲が広がるのよ。例えば、一度省いた人間を輪に引き入れたりね」
「省くって……私がそうなってたこと、バレてたんだ」
「教室にあんまりいない私にもバレバレだったにゃ~」

 ざらめの顎をくすぐる彼女は、猫好きだからか嗅覚が良いらしい。

「永島さん、格好良かったから」
「ん?」
「ちゃんと言いたいこと言って、正しくて、すごく格好良かった。……だから、混ざりたくなかったの」

 誉めすぎ?と思って視線を持ち上げると、彼女はクスッ、と息を漏らした。

「そんな大したもんじゃないよ。あれはねぇ、スイッチ入れただけ」
「スイッチ?」
「永島友希、無敵モードのスイッチ。便利だし、お買い得」

 そんな、家電量販店で売れてます!みたいに言われても。

「つまり、“演じてる”ってこと……?」

 彼女の妙な言い回しに傾げながら、私は自身に宛がわれた言葉を唱えた。

「そーそー。緊張した~」
「全然そうは見えなかったけど……」

 でもそうか。あの凛々しい立ち姿は、彼女が元から持ち合わせていた勇気ではなく、必死に作り上げたものだったんだ。

「……なんだ、もっと格好いいじゃん」
「え?」
「永島さんは、今の状態でも十分個性が光ってるけどそれだけじゃなくて、自分でちゃんと磨けるんだ」
「……なんの話?」

 神妙な面持ちで見つめられてドキリとする。真っ直ぐと目を合わせる瞳のように、彼女はやはり実直で理にかなっている。すこし適当で大雑把だけど、矛盾だらけの私とは違う。同じように演じていても、一人(わたし)だけにしかない個性を欲する気持ちと、一人(わたし)だけにならないための建前が混在している、中途半端な私とは違う。

「自分だけの個性があって……永島さんらしさをしっかり持ってて凄いよ。他の皆もそうだけど——」
「待って、ストップストップ」

 永島さんは掌を前に押し出し、塞き止める。私は言われた通り口を結んだ。

「急に怖いんだけど、何? 遠山さんってそんなんだっけ?」
「うん。こんなん」
「いや、どんなんだよ」

 容赦のない突っ込みに思わず笑みが漏れる。しかし永島さんは真剣な眼差しで「怖い」を連呼した。

「視えんの?」
「え?」
「遠山さんにはその、個性とかが視えてるの?」
「いや……視えるっていうか、感じるっていうか」
「だってなんか、目に視えるみたいに言うじゃん」

 すると、ざらめが急に起き上がって再び大道具の隙間に潜り込む。私は気まぐれな猫の行動を見据えながら、彼女の言葉を反芻した。

「……もし視えるとしたら、私には何も映らないと思う」
「だから怖いって」
「だって、私には何も——」
「そもそもさ、目に視える個性って必要なの?」

 歯に衣着せぬ台詞が二人と一匹だけの教室に響き渡る。

「何でそんな卑屈になってるのか知らないけど、遠山さんと私は別の人間でしょ。そこに差なんてないじゃん。それじゃダメなの?」

 当たり前のように放たれて、同時に何かと重なる。

 —— “遠山は、どうしたって目の前の俺にはなれない”

「綾崎先生……」
「え?」
「いや……綾崎先生も昨日、同じようなこと言ってたなぁと思って」

 昨日の個人面談で先生に相談を持ちかけたことを話すと、永島さんは満足げに微笑んだ。