どうやらわたしは、自分で思っているよりも人になつかれやすいタイプらしい。
両親が共働きで、ふたつ年下の妹とよっつ年下の弟の面倒を見てきたわたしは、世話焼きでしっかり者の典型的長女タイプの女子に育ってしまい……。
その面倒見の良さと世話焼き具合を、ときどき家の中だけでなく外でも発揮してしまう。
家に来た妹や弟の友達と遊んであげたり、先生が手をつけられないくらいのやんちゃなクラスメートに勉強を教えてあげたり。最近だとホームに落ちそうになっていた男子高校生を助けたり。
自分の視界に入った人についおせっかいを焼いてしまうのが癖になっていて。その結果、妹や弟の友達がなぜかわたしに会うために家に遊びに来たり、先生が手をつけられないくらいやんちゃなクラスメートがわたしの言うことだけは聞くようになったり、助けた男子高校生に突然呼び止められて告白されたり。
よく、自分の予想に反して慕われる。
だけど……。
「衣奈ちゃん、やっと会えた!」
学校からの帰り道。
いつも利用している高校の最寄り駅の改札を抜けてホームに入ったわたしは、こちらに向かってにこにこと笑いなら手を振ってくる人物の姿に驚いて目を丸くした。
電車の3両目の乗り場あたり。そこに立っているのは、黒髪で目元の涼やかなイケメンだ。
そのイケメンがとても親し気に、なれなれしく、そして嬉しそうに。「衣奈ちゃん」とわたしの名前を呼んで、大きく手を振ってくる。
遠目からでもわかるくらいに爽やかでキラキラした彼の笑顔を凝視しながら、わたしは果たして手を振り返していいものかどうか、一瞬悩んだ。
黒のブレザーにグレーのズボン。細いゴールドの斜めストライプが入った紺のネクタイ。
彼が軽く着崩しているその制服が、この駅で別の路線に乗り継いで何駅か先にある私立進学校・青南学院のものだということは一目でわかるのだが……。
わたしの記憶の限りでは、青南学院の生徒だったイケメンの知り合いなんていない。
どうしてそんな言い方をするのかと言うと……。
駅のホームでにこにこと手を振っている彼の様子が、どう見てもあきらかにおかしいから。
学校帰りなのにカバンを持ってないってところも変だけど、それ以上におかしいのは彼の身体だ。
さっきから、ホームを歩く人たちがみんな、3両目の乗り場の前に立っている彼の身体をどんどんと通過していっている。
どうやら、わたし以外の人には彼の姿が見えていないし、声も聞こえていないようなのだ。
何あれ。どういうこと……?
もしかして、なにか見てはいけないものが視えているんじゃ……。
わたしは青南学院の制服を着たイケメンから目をそらすと、1両目の乗り場のほうに速足で歩いた。
ほんとうは地元の駅で降りるときに3両目に乗っておくと改札が一番近いのだけど、背に腹は代えられない。
「待って、衣奈ちゃん! 行かないで!」
イケメンが必死な声で呼びとめてきたけど、わたしは全力で聞こえていないフリをした。
ホームに入ってきた電車に乗り込むときにチラリと見たら、彼は三両目の乗り場の前で立ち止まったままでいた。
どうやら、こっちまで追いかけてくるつもりはないらしい。
それにしても、どうしてあの人はわたしの名前を呼んだんだろう。
疑問に思ったけれど、その理由をあまり深く考えたくはなかった。
だってたぶんあの人は、《視えてはいけないもの》だから。
なるべく早く忘れてしまおう。
わたしはため息を吐くと、空いていた座席を見つけて腰をおろした。
次の日の朝。
いつものように地元の駅から3両目の車両に乗り込んで、高校の最寄り駅で降りたわたしは、目の前に現れた人の姿に心臓が止まりそうなほど驚いた。
「おはよう、衣奈ちゃん」
駅のホームの3両目の乗り場の前。そこに立っているのは、昨日の放課後に見かけた青南学院の制服を着たイケメン男子高校生。
笑顔でわたしに手を振ってくる彼の身体を、わたしのあとから電車を降りてくる人たちがあたりまえみたいにどんどんすり抜けていく。
電車を降りたすぐの場所で思わず足を止めてしまったわたしは、後ろから降りてくる人たちに押されたりぶつかられたり。邪魔者扱いされて舌打ちされたりしているのに、同じように3両目の乗り場の前に立っているイケメン男子高生は、誰からも邪魔者扱いされていない。
その理由はおそらく……、わたし以外の誰にも彼の姿が視えていないから。
昨日の放課後の時点でうすうす気が付いていたけれど、この人はたぶんユーレイ的ななにかだ。
そうじゃないと、彼の姿や声を誰も認知している様子がないことや、通行人が彼の身体を突き抜けて進んで行くこと、彼が昨日と全く同じ姿で同じ場所に立ち続けていることに説明がつかない。
でも、どうしてわたしだけに彼の姿が視えているの……?
わたしは人になつかれやすいタイプではあるけれど、特別霊感が強いタイプじゃない。だから、この不思議な状況が少し怖かった。
「今日も衣奈ちゃんに会えてよかった」
血の気が引いて冷たくなった指先を手のひらにぎゅっと握り込むと、やたらと色白な彼がわたしに向かって嬉しそうに微笑みかけてくる。
その笑顔も口ぶりも、まるでわたしのことをよく知っているみたいだ。わたしは彼の姿に全く見覚えがないのに。
どこかで会ったことがある人……?
それともわたし、知らないあいだに彼から恨みでも買ったの……?
「衣奈ちゃん、あのさ」
必死に考えていると、目の前の彼がなにか言いたげにわたしのほうに手を伸ばしてくる。
え、なに……。どうしよう。
ビクッとして思わず一歩後ずさると、後ろから電車を降りてきていたサラリーマンに背中がぶつかった。
「おい……」
20代後半くらいの男性に不機嫌そうな顔でじろりと睨まれて、またビクッとなる。
「すみません……」
目の前には得体の知れない男子高校生の、たぶんユーレイ。後ろには、怒った生身のおとなの人。
その両方に前後を塞がれて泣きそうになっていると、「衣奈」と誰かが横からわたしの腕をつかんで引っ張った。