ーそうして、現在に至るー

 立花先生から病気を宣告されて今日でちょうど1年になる。

 家のカレンダーには、今日の日付のところに私の誕生日と書かれている。正直、どうだっていいけれど。

 だって、私はあと1年もしないうちに"この世を去る"のだから。今日が私にとって最後の誕生日になるのだろう。

「あとどれくらい生きられるんだろう」

 あの日、先生に告げられて言葉は、私の心を簡単に砕いてしまうくらいの破壊力を伴っていた。

 頑丈なハンマーで石を粉々に砕いたかのように、修復不可能なまでにバラバラな形となって。

 日光乾皮症と診断された私は、その日から太陽の下を歩けなくなった。

 太陽の光を浴びることが、私の寿命を縮めていくらしい。

 もし、「太陽の光を浴びたらどうなるのか」と先生に聞いたことがあったが、返答は恐ろしいものだった。

 日光乾皮症の人が、太陽の下を歩くと瞬時に呼吸困難に陥り、数秒後には手足の痺れ、意識の朦朧や幻覚といった症状が現れるらしい。

 そして、1時間もしないうちに死に至ると。まさに、死に至る病というわけだ。

 太陽の下を歩くことになる場合は、日傘は絶対必須。肌の露出なんてもってのほか。

 必然的に私の格好は、夏の暑い日でも長袖長ズボン。どんなに暑苦しくても命には変えられない。

 私には、どうしても死ぬ前に叶えたい夢があるから。他のことはどうでもいいけれど、これだけは叶えることは難しいが叶えたい。

 日光乾皮症の患者は例外なく、発症から2年以内に確実に亡くなると言われているらしい。
 
 現に、全国で私を含め4人の日光乾皮症の患者がいるが、先日そのうちの1人が亡くなったと立花先生は言っていた。

 その方は、日光乾皮症を発症して8ヶ月という1年にも満たない短期間で亡くなってしまった。

 短すぎる命。先生からその話を聞いた時、会ったこともない他人のはずなのに涙が止まらなかったのを覚えている。

 見ず知らずの他人だが、共に闘いあっている仲間の死を聞くのは辛い。

 この病の怖いところはこれだけではない。亡くなる時ですら、楽になることができないんだ。

 亡くなる瞬間、体が焼けるように体温が上昇し、体には赤いあざ模様を刻みながら命を落としていく。
 
 これだけで、想像を絶するほどの痛みが伴うのが想像できてしまう。

 あんまりすぎる。こんな残酷なことがあっていいのだろうか。

 死ぬ時ですら、楽になることができないなんて、生きることも死ぬことも怖くて仕方がない。

 毎日死への恐怖に追われ続けて生活することが、どんなに辛いことなのか。

 この恐怖を知っているのは、日本中探しても簡単には見つからないだろう。

 私の身近な人で、そういった人は誰1人としていないのだから。