誰もいない暗い夜道。住宅の照明の灯りや、街灯の光を浴びながらゆっくりと歩いた。
幽霊じゃなかったら、こんな夜道を怖くて一人では歩けない。なんだか不思議な気持ちになる。
しばらく歩いていると、暗闇の中で一際光を放つコンビニが、ポツンと一軒佇んでいた。
コンビニのドアが開くと鳴る入店音が耳に届く。つい昨日まで聞いてた音のはずなのに、遠い昔のように感じた。
〜♬
入店音と共に、コンビニから出てきた人影が見えた。
身長は高くてしっかりした体つきは、その後ろ姿の人物が男性だと瞬時にわかった。しばらく見ていると、心の中に現れた違和感の正体がわかった。彼はすごくゆっくりと歩いている。
コツンコツンと、アスファルトを叩くような金属音が一定のリズムで鳴り響く。
この音はなんだろう。あの彼の方から音が聞こえてくる。気になって、じっと見つめているとチラリと、白い白杖が見えた。
――あれは白杖?
白杖って視覚に障害のある人が歩行するときに使うものだよね?彼は目が見えないのかな?
なんとなく気になってしまい、コンビニから出てきた彼の後をついて行く。
街の光が小さくなっていく。暗闇に覆われ、光は残された街灯の小さな光だけだった。そんな闇の中に向かって彼はゆっくり進んでいく。
「……痛っ」
発せられた声と共に彼の大きな体は一瞬、私の視界から消えた。なにかにつまずいて、膝をついて転んでしまったようだ。
転んじゃった?彼は目が見えないかもしれないのに。大丈夫かな。
気づくと身体は動いていて、私は自分の仕事のことを忘れて急いで駆け寄った。
「だ、大丈夫ですか?」
衝動的に話しかけてしまった。声をかけた後に自分の失態にようやく気づく。
人に話しかけて存在がバレてはいけないのに、思わず話しかけてしまった。
人に私の姿は視えないので、誰もいないところから声がしたら、今日担当の若菜さんのように驚いてしまうだろう。
気づいたころにはもう手遅れだった。気が動転してあたふたするしかできない。
しかし、慌てている私の耳に届いたのは、予想をしていない言葉だった。
「あー。大丈夫」
彼は私に向かって軽く会釈をしながら、ボソッと呟いた。
――え、私に話しかけてる?
「……わ、私のこと、視えてるんですか?」
「はあ?」
姿が見えない私に言葉を返されたことに驚いて、思わずまた声を掛けてしまった。
そんな私の問いかけに、怪訝な顔をして不思議そうに首を傾げている。
彼をよく見ると視線は私の方に向けられているけど、視点は私の瞳と合ってない。彼は私の方を向いて話しているというより、声がする方を向いて話してるだけだ。
もしかして、私が幽霊だとわからずに、話掛けてるってこと?
「あー。白杖使ってるから目が見えないことわかるのか。……見えないけど、そこにいるのはわかるから」
「見える」じゃなくて「視える」の意味だったんだけど、彼は違う解釈として受け取ったようだ。
彼は"目が見えない"から、"私の姿が人には視えていない"ということが分からないんだ。
声を掛けられたから、そこに人が存在していると思っている。
どうしよう。なんて返せばいいんだろう。
目を伏せて俯く彼の表情が見えなくて、感情が読めない。余計になんて返せばいいのかわからなくなった。
「えっと、お怪我は本当に……大丈夫でいらっしゃいますか?」
なんて返せばいいのか迷った挙句に出てきた言葉は、焦りすぎて変な日本語になってしまった。
「別に? 慣れてるから」
ボソッと呟くと表情一つ変えずに、ゆっくりと自分の力だけで立ち上がった。幽霊になってから声を掛けられることなんてなかったので、会話が成り立つことに嬉しさを感じて胸の奥があたたかくなる。
「君……やっぱりなんでもない」
彼は何かを言いかけて止めた。言葉を飲み込むように、ごくんと喉を鳴らした。顔を上げているけど、やはり視点が合っていない。私に向かって言葉を投げかけるけど、視線は違う方向を向いていた。
自分でゆっくり立ち上がり、暗闇の街の方へ消えていった。彼の背中を見送る間、私の中でなにかが引っ掛かっていた。
あれ、なんだろう。頭の中の記憶のカケラが疼くような気がする。
あの綺麗な顔。彼とどこかで会ったような……。
「……も、最上、来衣先輩?」
今、はっきりと思い出した。同じ高校の最上来衣先輩だ。
すぐに気づけなかったのには、理由がある。私の記憶の中にいる来衣先輩は、白杖を使っていない。目もしっかり見えていたはずだ。
――なんで、白杖を使っていたの?
最上来衣先輩になにが起きたのか、なんで白状を使っているのかわからなかったんだ。白杖をもった彼が、最上来衣先輩だとわかると、古い記憶を思い出した。