校舎には走り回る生徒たちもいて、ガヤガヤと賑わいをみせていた。
「……っ! 凄い勢いで走ってくる人がいる」
目の先にいる男子生徒が猛烈な速さで、私の方に走ってきた。
どうしよう!こわい、こわい、こわい!
勢いを落とさずに走ってくる男子生徒はすぐ目の前まで来ていた。
ぶつかるっ!!
衝突するのが怖くて思わず目をぎゅっと瞑った。
「ギャハハ――」
豪快な笑い声はどんどん遠のいていく。
衝撃も痛みもないので、瞑っていた瞳をおそるおそる開けた。すると、さっき私めがけて全速力で走っていた男子生徒はだいぶ先の方にいた。
身体のどこも痛くない。追突されると思って身構えていたのに拍子抜けだった。
不思議に思っていると、ハッと自分の置かれている現実を思い出した。
私は魂だけの幽霊だから肉体がない。ゆえに、人とぶつかることはないのだ。
自分が幽霊なことを忘れて、ぶつかると思ってヒヤヒヤしてしまった。チラッと柊に視線を向けると「くくっ」と肩を揺らして笑っていた。その様子を見ると、全部知っていたのに柊は教えずに観察していたみたいだ。
「……ちょっと! わかってたなら教えてよ」
まだ笑っている柊に、わざとらしくむくれてギっと精一杯の睨みをぶつけた。
「どうするのかなーって面白くて見てた。ははっ、めっちゃ怖がってたな」
私の睨みなんて気にもしてくれなくて、まだ笑っている。そんな彼に精一杯怒りの印に膨れっ面で反抗を示すしかできない。
「ははっ。俺らは魂で幽霊だから、人は通り抜けられるんだよ」
「今ので、わかりましたよ! ふんっ」
みんなには私の姿が視えていないので、追突してくるのはもちろん悪気なんてない。そのつもりもない。
ただ、私が勝手に追突される。と勝手に怯えていただけだった。
私だって一度経験してしまえば現状を把握できる。
それからは、廊下の真ん中を堂々と歩いてみせた。
先ほどと同様に、走り回る生徒たちや、歩いている生徒はみんなスッと私の中を通り抜けていく。なんとも不思議な感覚だった。
最初は通り抜けられる時がどうしても怖くて、目を瞑ってしまっていた。だが、慣れって怖い。
数分後には目を瞑ることなく、スッと通り抜けられることが普通になっていた。
さも慣れたかのように平然と歩き回っていると、柊は思い出したかのように言葉をこぼす。
「あっ、言うの忘れてたけど、助けるのは小さな危険だけだよ。大きい危険を助けてしまうと、俺たちの存在がバレる可能性がある。命を助ける行動も禁止事項な!」
「小さな危険って?」
「俺らが助けても、助けたことを誰にも気付かれないような危険のこと」
「存在がバレないために?」
「そう、派手に助けたりしたら、不審がられるだろ?」
「……なるほど」
線引きが難しいな、と思った。
私達の存在がバレないように、そこは注意していこう。
若菜さんが教室移動で廊下を歩いていると、制服のポケットから、ひらりとハンカチが落ちた。音もせずに落ちたハンカチには気付かずに、先に進んでいく。
周りには誰もいなくて、ハンカチは廊下に落ちたままだ。
落ちたハンカチを見つめた。
これは拾えるのだろうか。
人は通り抜けられるけど、カラスの糞は触れることができたな……。記憶を思い出して考えた。
答え合わせするように柊に視線を向けると、返事の代わりにゆっくりと頷いた。
柊の反応を見て、ハンカチに触れられると確信した私はおそるおそるハンカチに触れた。指で持ちあげると、手の中に収まる。
拾えた。そのままばれないように、そーっと若菜さんのポケットにそっと戻した。
「人は通り抜けられるのに、モノは触れるの?」
「ちょっと解釈が違うかな。俺たちから触るものは、触れるよ」
「……モノじゃなくても、私たち自ら触ると、触れれるってこと?」
「そう。触れられないと危険を助けることが出来ないだろう? だから、俺たちから触れるモノは触れるんだ」
「人からは私たちに触れることはないけど、私から人に触れようとしたら……触れるってこと?」
「その通り! 触れるものには『人』も含まれる。だから担当の身体に触れたりするなよ? 視えてないのに、肌に触れたら心霊現象だと思われて大変なことになるよ」
私たちの姿は人に視えていないから、なにもないところから、腕を掴まれでもしたら……それは怖いだろうな。気をつけよう。心の中で決意する。
꙳
私が担当の若菜さんを助けたことといえば、
道路に落ちていたガムを踏みそうになってた。
ガムを拾って回避。
授業中に眠ってたのが先生にばれそう。
頭をこづいて起こして回避。
……そのくらいだった。
初めての仕事は、小さな危険は意外と少なくて、手持ち無沙汰になるくらいだ。そんな中でも、起きた小さな危険は救うことにさ成功していた。
思ったより簡単かも……。
安心してどこか気を抜いてしまったのかもしれない。
――この後、
予期せぬ事件が起きてしまった。