「守護霊代行の仕事内容は、だいたい柊から聞いた?」

「はい。少しは理解できたと思います。あ、あの! 一つ聞いてもいいですか? 守護霊代行の仕事って、期限とかはないんですか? 私はいつまでやるんでしょうか? 仮死状態の自分の身体が心配で……」

「守護霊代行の仕事は7日間。仮死状態の身体のことは7日間は仮死状態のままを保証される。死ぬことはないから安心して?」

「よ、良かったあ」

「改めて聞くけど、守護霊代行の仕事引き受けてみる? 生前の自分に戻るか、勝ち組の人生を選んで生まれ変わるかは、7日間ゆっくり考えたらいいわ」

「……はい、よろしくお願いします」
 
 悩む時間はなかった。しかし、今の私にやらない選択肢もなかった。頷きながらやってみようと決意する。

「未蘭ちゃんは、まだ高校生よね? 私の権限を使って、担当場所を通ってた学校にしてあげる」

「えっ、担当って?」

「守護霊代行の仕事は担当制で1人の人を守ってもらうことになってるの。毎日、担当は変わって任務期間は7日間。7人のひとを担当することになるわ」

「……なるほど」
 
「未蘭ちゃん、通っていた学校の名前は?」

「桜ヶ丘高校です」

「じゃあ、桜ヶ丘高校に担当を割り振るわね」

「ありがとう、ございます」


 楓さんはパソコンのような機械にカタカタと打ち込んでいく。まだ全部把握できたわけではないけれど、物事は進み始めているようだ。



「仕事の注意点だけど、『私たちの存在が人にバレてはいけない』これが基本的ルールだから気をつけてね。守護霊代行の姿は、人には視えないんだけど、声は人にも聞こえてしまうの。だから、任務の時は発語しないように気をつけて?」

「……はい」
 
「簡単に言うと肉体がない魂だから、幽霊みたいなモノだから。人には視えないけど、そこに確かに存在する。現世の言葉で言うと幽霊でしょ? 姿は視えないのに、声がしたらみんな心霊現象だと怖がって騒ぎになるから、見つからないように気をつけてね?」

「幽霊か……」

 守護霊代行の私たちの存在が人に見つかってはいけない。存在がバレないように担当のひとを危険から助けなければいけないのか。


「過去にも声を出して存在がバレた子がいたんだけど、担当する人間が幽霊がいると思ったんだろうね。霊媒師を呼んできて、消されちゃった守護霊代行もいるのよ。まあ、近づきすぎなければ基本バレないから大丈夫」

「け、消された?」

「所詮、魂だからね、霊媒師に除霊されて魂ごと消されたってこと」

「こ、怖すぎるのですが……」

「ははっ、大丈夫、大丈夫。今までに10回くらいないから」

「じゅ、10回もあるんですか……」

 楓さんは少しも気にする様子はなく、口を開けて笑顔を浮かべている。
 消された。なんて聞いてしまった私は平然と出来るわけもなく、自分も消されるのでは……?という恐怖で全身に身震いがした。

 

「あと、もう一つの注意点! 『担当以外の人を助けてはいけない』これも守ってね」

「担当以外の人を助けてはいけない? 目の前で危険な目に遭いそうでもですか?」

「残念ながら……目の前で担当以外の人が危険な状況でも、助けてしまうことはタブーよ」

「なんでダメなんですか?」

「ルールだから。ここは細かい理由なんて考えないで、"ルールだから"と割り切ってちょうだい」

「担当じゃない他の誰かが、死にそうな危険な目にあってても助けてはダメって事ですか?」

「残念ながら、そういうこと」

「もし、ルールを破ってしまったら?」

「私が知ってる中では、ルールを破った人は見た事ないわね。守護霊代行(しゅごれいだいこう)に入る人は、生前に善人で優等生ばっかりだから。みんなルール守って破った人は出てきてないのかな」

「……そっか」

 担当以外の人は危険な目にあっても見過ごせってことか。ルールだとわかっても、なんだかやるせない気持ちになってしまう。


「他の人を助けたくなる場面は、出てきてしまうと思うけど全員助けてたらキリがないのよ。そこは、割り切って、としか言えないわ」

 腑に落ちないといった表情で、小さく頭を振った。その表情から楓さんも私と同じ気持ちなんだとわかった。


「……私にできるでしょうか?」

「自分の命を顧みず、人助けをするんだもん。未蘭ちゃんにぴったりな仕事だと思うよ?」


 守護霊代行。
 言葉だけでは信じられないけど、仕事内容を説明されて、目の前で起こっている出来事が、紛れもない事実なのだと感じた。

 少し離れたところで、楓さんとの会話を見守っていた柊が、ひょこっと再び現れた。
 
 
「さっそくだけど、今日の担当のところ行こうか。俺が未蘭のお世話係だから、仕事を覚えるまでは着いてくことになってるんだ」

「柊も一緒にいてくれるんだ……よかった。よろしくお願いします」

 柊がお世話係をしてくれるらしい。
 説明を聞いただけでは、正直不安だったので、仕事を覚えるまでついてきてくれることに安心を覚えた。


 気づけば死後の世界にいて、守護霊代行の仕事をすることになった。展開がドラマのように、早過ぎてついていくのがやっとだ。こんな状況でも、丁寧に説明してくれた柊と楓さんには好感が持てた。

 冷静を装いつつもずっと不安だったので、仕事を覚えるまで着いてきてくれることにホッとして自然と小さなため息が漏れた。




「俺たち、眠気とか疲れとか感じないから仕事の任期終えるまで働き詰めになるよ! 覚悟して!」

 そう言った柊は不敵な笑みを浮かべている。確かに言われてみれば、身体に疲れや眠さは感じない。空腹感も感じない。

 まだ全然実感が湧かないけど
 本当に死後の世界に足を踏み入れているんだ。

 一気に寂しさと切なさが込み上げてきて、胸の奥がぎゅっと苦しくなった。と同時に経験したことのない未知の未来に、少しだけ、ほんの少しだけわくわくしている自分がいた。
 


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守護霊代行(しゅごれいだいこう)の仕事内容

守護霊が憑いてない人を守護霊の代わりに
危険から守る手助けをする。

----- 報酬 -----

任期を終えると来世で勝ち組の人生が選べる。


----- 注意事項 -----

人に守護霊代行の存在がばれてはいけない。
人に接触しすぎない。声をかけてはいけない。

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 〜♬
 (しゅう)が手に持っていたスマホから音楽が鳴る。

「このスマホに自分が担当する守護対象者の詳細が送信されてくるよ。未蘭のスマホは、えっと……これね」


 そう言って渡されたのは現世で使っていたスマホと、なんら変わらないように見えた。



 ――
 本日の担当。
 松本若菜(まつもとわかな)さん 16歳 
 桜ヶ丘高校一年生
 ――


渡されたスマホの画面を見ると、そう表示されていた。


「未蘭が初めて担当する1人目は森本若菜さん」

「……は、はい」

「担当は1日で入れ替わり制だから、変なやつでも1日だけだから、我慢な」

「え、そんな……」

 不吉なことを言われると、これから始まる初任務が途轍もなく不安になってきた。顔に出やすい私は、引き攣っていたかもしれない。


「まあ、今日は俺と一緒だから問題ないよ。口で説明しても、わからない事ばかりだと思うから、実践あるのみ!」

「そ、そうだね。頑張ります」


 素直に頷く私を見て、柊は柔らかい微笑みを浮かべる。まさか私が死んでしまって、守護霊代行として人を助ける手伝いをすることになるとは……。
 頭の中はごちゃごちゃで情報を整理しきれていないけど、なんとか理解しようと努力した。