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残りの仕事期間は、来衣先輩を担当することになった。
表向きは来衣先輩の守護霊代行。そして真の目的は彼が数日以内に死ぬ理由を探ること。彼が死亡予定者リストに入ってしまった原因を突き止めて阻止することだ。
もし死因が自殺だとしたら……私のせいかもしれない。昨日の来衣先輩の切なく空笑いを浮かべる表情が頭にこびり付いている。
私は来衣先輩の人生に土足で踏みこみ、一方的に別れを告げた。そのせいだと考えたら、完全に私は人殺しだ。
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レンガ調でお洒落な一軒家の前で立ち止まる。このお家が来衣先輩の家だ。
幽霊なので家の中に侵入することは容易い。今までの担当の家には、躊躇することなく侵入していた。しかし今回は問題がある。問題は来衣先輩には私が視えてしまうということ。今までのように担当にバレずに、すぐ近くで見守りをするなんてことは不可能だ。
早朝。街は静まり返り、鳥のさえずりが聞こえてくる。
家の中で来衣先輩に見つかってしまったら大騒ぎどころではない。朝起きたら学校の後輩が家にいるなんて誰でも怖い。
ここで、出てくるのを待ってるか。
「……誰ですか?」
家の前でひたすら悩んでいるとかわいらしい声がおりてきた。驚いて顔を上げると玄関ドアの前には少女の姿が。
歳は小学校低学年くらいだろうか。
大きな瞳はお人形さんみたいに可愛い。
幼いながらに完成された容姿は、どこか来衣先輩の面影を感じる。
大きく見開かれた瞳にじっと見つめられていることを感じた。とにかくすごい見られているように感じる。
ここでようやく不自然だということに気づいた。ずっと目が合ってるように感じるけど、それはあり得ないことなのだ。だって私は人には視えないはずだから。
「……視えてます」
「え、」
心を見透かされたように言われたので、思わず反応してしまった。
「お姉さんさ、もう、生きてないよね?」
「お、お姉さん? 姿も視えるの?」
目の前のかわいらしい少女とは正反対に、淡々と大人のような口調で話す。見た目と少し生意気な大人びた喋り方が不釣り合いだった。
そして少女は視えるはずのない私に話しかけている。視線もしっかり私の目をしっかりと捉えている。楓さん曰く霊感のある人は、私たちの存在を感じ取ることができると聞いたけど、姿まで視える人がいるなんて……。
「人間のように見えるけど、お姉さんの姿には靄が掛かってるの。だからこの世の人じゃないだろうなって」
「えっと……。私が言うのもなんだけど……な、なんでそんなに冷静でいられるの?」
「あー、慣れてるから。うちの家系は霊感強くてさ。幽霊が視えるなんて日常茶飯事よ。ただ、お姉さんは他の幽霊と感じがちょっと違うけど……」
やはり彼女には私の姿が視えてるらしい。視えていても怯えるそぶりを見せない理由も分かった。
「もしかして、来衣先輩の妹さん?」
「……お兄ちゃんのストーカー? 悪霊ですか?」
「違う! 違う! なんていうか、どちらかというと、来衣先輩を守ってるタイプだから!」
ストーカーと思われて、否定するのに必死だった。慌てて早口で捲し上げる。
「証拠は?」
「う、うん、守護霊代行っていってね、小さな危険から……あ、違う、来衣先輩は死亡予定者リストに入ってるから、死因を究明するためだ」
「死亡予定者リスト?」
思わず口走ってしまった。しかし死亡予定者リストも、守護霊代行のことも。人にバレてはいけないことだった。完全に失言だ。
「お兄ちゃん、死ぬってこと?」
「……その危険があるから守らせてもらえないかな? 来衣先輩を助けたいんだ」
言ってしまったからには仕方ない。後からルール違反の罰はなんでも受けよう。それよりも今は来衣先輩の命の危険を救いたい。
「幽霊の言うことなんて信じられないわよ」
「そ、そうだよね。私の名前は早川未蘭。桜ヶ丘高校に通っていて、少し前に事故で死んじゃったの。事故っていうか、あれは不可抗力なような……」
「早川、未蘭? お姉さんさ、誰かを助けて死んだ?」
「ああ、う、うん。小学低学年くらいの女の子かな。まあ、今思えば私がいきなり声かけちゃったのも悪いのかな」
突然黙り込んでじっと見つめられる。
どうしたんだろう。胸騒ぎがして心が落ち着かない。
「……私の部屋にきて」
「え、い、いいの?」
予想外のことに驚きで声が裏返る。
「お姉さんが助けた子、私の友達なの」
「ええ、本当? その子は怪我とかなかった? 元気にしてる?」
「バッカじゃない? 自分死んだのに、人の心配なんてしてさ」
どこかで聞いたことのあるようなセリフに、心がグサッと痛かった。
「……元気だよ。怪我はしたけど、日常生活に影響はないし、元気に学校にきて、お姉さんに感謝してるよ」
「そっか。よかった」
ずっと気がかりだった女の子が元気に学校に通えていると聞いて、心の底からホッとした。彼女の命が無事で自分のしたことは間違ってなかったと思えた。
それにしても、凄い偶然だ。
助けた女の子が来衣先輩の妹さんと友達だったなんて。
「お姉さんにお礼がしたいのに出来なくて……ずっと悔やんでる。だから、その子の代わりに私がお姉さんを助けてあげる」
「ほ、ほんとう?」
「とりあえず、気配消して私の部屋に来て」
この時の私は女の子の意味深な表情も。気配を消さないといけない理由も知らなかった。
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薄ピンクのカーテン。ベッドやいたるところにぬいぐるみが置かれていて、やっぱり年相応の子供なんだとどこかほっとした。悠長に喋る彼女が子供ということを忘れてしまいそうだったからだ。
「私の名前は最上 杏子。単刀直入にいうと私は霊感があるから視える。お姉さんの姿も視えてるよ」
「……びっくり。楓さん……私の上司がいうには、私たちの姿は霊感の強い人には感じ取られることはあるけど、姿は視えないって言ってたから」
「私は霊感が特別強いんだと思う。私だけじゃなくて、私の家系かな」
杏子ちゃんの話を聞いて、なぜ来衣先輩が私の存在を見つけられるのかやっと繋がった気がした。来衣先輩の家系は霊感が強い。ということは、やはり来衣先輩にも私が視えている。ただ目が見えないから杏子ちゃんのように幽霊だと判別が出来なかったのだろう。仮説だったモノが確信に変わった。