しかし、椎名さんの言葉を肯定する事はしたくない。椎名さんの言う〝変〟は、きっと言葉の意味が違う。
胸の内で、葉を付けて幹を伸ばした感情がざわざわと揺れる。
〈私は〉
僅かに震える手で、タブレットに文字を紡ぐ。今も変わらず白川が覗き込んでいる為、言葉の選択を間違う事は許されない。
〈白川の事を、変だとは思ってない〉
あまり、余計な事を言うべきじゃない。ただ簡潔に、誤解されない様に。
〈椎名さんの事は、気にするな〉
〈彼女はああいう人だから〉
〈クラスメイトだからといって、無理に関わる必要は無い〉
手は、今も震えたまま。
言葉は間違っていなかっただろうか。余計な事を言ってはいないだろうか。白川にまで、盗み聞きしたと誤解されるのでは無いだろうか。――いや、盗み聞きは本当の事なのだが、誤解などでは無いのだが。
しかし、白川に趣味が悪いと思われるのは嫌だ。決して盗み聞きしようとした訳では無い、という事だけでも弁解しておくべきでは無いか。
考えれば考える程思考は絡まってゆき、正解が分からなくなる。
すると、何故だか白川が突如吹き出し、「慰めてくれてんだ、珍しい」そう朗らかに言った。
――あ、笑った。
こんな状況だと言うのに、頭を回っていた思考は吹き飛び、白川のその笑顔に釘付けになる。
それは、編入初日からもう一度見たいと思っていた笑顔だ。裏表を感じさせない、屈託の無い笑顔。葉の付いた幹に、ぽつぽつと幼い蕾が付いていく様な、温かくて、優しくて、心地良い、変な感覚だ。
「別に、あいつの言う事なんか気にしてねぇよ。てか、俺椎名の事そんな好きじゃないし、好きじゃない奴から嫌味言われてもなんとも思わないっていうか」
ポケットに差し込まれていた白川の手が此方に伸び、
「俺は、お前に〝変〟だって思われてないって分かっただけで充分だよ」
ぽん、と私の頭を撫でた。
彼にこうして頭を撫でられるのは二回目だ。あの時は気付かなかったが、彼の手はとても男性らしく、私よりも大きい。頭のてっぺんで感じる彼の体温が何故だか懐かしく思えて、なんとなくその手に自らの手を重ねた。
骨ばった手や指は、当然女性のそれとは違う。腕を掴まれた事はあっても、こうして手に触れたのは初めてだ。
「……早く、帰らないとな」
白川がぽつりと、何処か切なげに呟いて私の頭から手を離した。
「荷物、お前の分まで持ってくるから此処で待ってろ」
離れた手を名残惜しく思っていると、彼が私から顔を背けて教室の中へと駆けて行った。
――あれ。
私の荷物と自身の荷物を纏める白川の背を見つめながら、先程の事を思い出す。
来栖先生と話した後、私はこれ以上白川に深入りする前に、彼とのこれからの関係を考えた方がいいかもしれないと思っていた。だって、人は皆いつか離れていってしまうのだから。永遠なんてものは、存在しないのだから。
なのに何故、私は白川に「変だとは思ってない」なんて伝えたのだろう。白川と距離を置くのなら、変な奴だと突き放してしまえばよかったのに。
「何難しい顔してんの?」
二人分の荷物を手に戻って来た彼が、私の顔を覗き込む。そんな彼に、ディスプレイを突きつける様に見せた。
〈やっぱ、お前は変な奴だと思う〉
「なぜに」
〈気が変わった〉
胸の内の幹に付いた、小さな蕾。それらが、いつか花開く事はあるのだろうか。その瞬間に期待してしまう反面、そんな日が来てしまう事を恐ろしく思っている自分もいた。
胸の内で、葉を付けて幹を伸ばした感情がざわざわと揺れる。
〈私は〉
僅かに震える手で、タブレットに文字を紡ぐ。今も変わらず白川が覗き込んでいる為、言葉の選択を間違う事は許されない。
〈白川の事を、変だとは思ってない〉
あまり、余計な事を言うべきじゃない。ただ簡潔に、誤解されない様に。
〈椎名さんの事は、気にするな〉
〈彼女はああいう人だから〉
〈クラスメイトだからといって、無理に関わる必要は無い〉
手は、今も震えたまま。
言葉は間違っていなかっただろうか。余計な事を言ってはいないだろうか。白川にまで、盗み聞きしたと誤解されるのでは無いだろうか。――いや、盗み聞きは本当の事なのだが、誤解などでは無いのだが。
しかし、白川に趣味が悪いと思われるのは嫌だ。決して盗み聞きしようとした訳では無い、という事だけでも弁解しておくべきでは無いか。
考えれば考える程思考は絡まってゆき、正解が分からなくなる。
すると、何故だか白川が突如吹き出し、「慰めてくれてんだ、珍しい」そう朗らかに言った。
――あ、笑った。
こんな状況だと言うのに、頭を回っていた思考は吹き飛び、白川のその笑顔に釘付けになる。
それは、編入初日からもう一度見たいと思っていた笑顔だ。裏表を感じさせない、屈託の無い笑顔。葉の付いた幹に、ぽつぽつと幼い蕾が付いていく様な、温かくて、優しくて、心地良い、変な感覚だ。
「別に、あいつの言う事なんか気にしてねぇよ。てか、俺椎名の事そんな好きじゃないし、好きじゃない奴から嫌味言われてもなんとも思わないっていうか」
ポケットに差し込まれていた白川の手が此方に伸び、
「俺は、お前に〝変〟だって思われてないって分かっただけで充分だよ」
ぽん、と私の頭を撫でた。
彼にこうして頭を撫でられるのは二回目だ。あの時は気付かなかったが、彼の手はとても男性らしく、私よりも大きい。頭のてっぺんで感じる彼の体温が何故だか懐かしく思えて、なんとなくその手に自らの手を重ねた。
骨ばった手や指は、当然女性のそれとは違う。腕を掴まれた事はあっても、こうして手に触れたのは初めてだ。
「……早く、帰らないとな」
白川がぽつりと、何処か切なげに呟いて私の頭から手を離した。
「荷物、お前の分まで持ってくるから此処で待ってろ」
離れた手を名残惜しく思っていると、彼が私から顔を背けて教室の中へと駆けて行った。
――あれ。
私の荷物と自身の荷物を纏める白川の背を見つめながら、先程の事を思い出す。
来栖先生と話した後、私はこれ以上白川に深入りする前に、彼とのこれからの関係を考えた方がいいかもしれないと思っていた。だって、人は皆いつか離れていってしまうのだから。永遠なんてものは、存在しないのだから。
なのに何故、私は白川に「変だとは思ってない」なんて伝えたのだろう。白川と距離を置くのなら、変な奴だと突き放してしまえばよかったのに。
「何難しい顔してんの?」
二人分の荷物を手に戻って来た彼が、私の顔を覗き込む。そんな彼に、ディスプレイを突きつける様に見せた。
〈やっぱ、お前は変な奴だと思う〉
「なぜに」
〈気が変わった〉
胸の内の幹に付いた、小さな蕾。それらが、いつか花開く事はあるのだろうか。その瞬間に期待してしまう反面、そんな日が来てしまう事を恐ろしく思っている自分もいた。