ミツトオは、占い師だった。
といっても、宇宙を見上げて星を眺める?石を転がし水晶を覗く?亀の甲羅を焼いて割れ目を読み取る?
馬鹿馬鹿しくって、そんなことやってられない。
この科学の時代に、そんな非合理は介在の余地すらない。

と、いうことで。
ミツトオがするのは、戦いである。いい感じの白い服を着て、これまたいい感じに赤い服を着た相手方の占い師と喧嘩をするのだ。その勝ち負けで結果を占う。
どんな風に?説明しよう。だって理論はシンプルだ。これ以上ないと言うほどに。

<勝った方が正しい>
<勝った方に運が向く>
<勝った方が全てを獲得する>

なぜこんな決め方をするのか。
だって、人類の全ての言い争いにおいて、どちらか一方にのみ非があるなどと言えるだろうか。いや、言えない。どちらに運が向くのか、微妙に予測しずらくて嫌な気持ちなのをスッキリさせたくなることがないと言えるだろうか。いや、言えない。こんな勝敗どっちでもいいじゃん、と誰もが言いたいのにオトナの事情でそうはいかん、ということがないと言えるだろうか。いや、言えない。

もしもそうであったなら、この世から戦争は滅され、恋人の誠意を花びらの枚数の奇数偶数ではかろうなどという不届者はいなくなり、決闘だ!と叫ぶ若者も校舎裏や駐車場からひっそり姿を消すだろう。

……それなら星占いや水晶玉占い、亀の甲羅の占いでやっても同じ……というか、そっちの方がまだ科学的と言えるのでは?
などと思った人は、それを口に出してはいけない。スポーツ観戦と同質の娯楽も兼ねたこの占い方法、熱狂的なファンが『暗黙の了解』や『不文律』というものを破る輩を日夜監視し続けているのだから。
罵倒の樽詰めを浴びせられたくなくば、口にチャックをしておくのが賢明だ。

とまあ、前置きが長くなったが、とにかくミツトオの仕事は頼まれて占いをすることだ。
そしてミツトオはとんでもなく強かった。
いつも勝つ。
華麗に勝つ。
誰が相手でも勝つ。

これは占いを頼む側としてはありがたい限りである。
しかもミツトオはそれで驕ったりしない。
だって、自分が強いのではないのだから。占いの儀式の間は、己に神が乗り移るのだから。勝たせてくれるのは神であり、日々自分が鍛錬や稽古を繰り返すのは、神をおろしやすくするためなのだから。
すなわち、勝者ミツトオがするべきは自慢ではなく神への感謝なのである。

————神とは何か?具体的には?

そんなものは正直、ミツトオにとってどうでもいい。
人という文字を手の平に書いて飲み込むフリをすると落ち着くとか、聴衆の頭をカボチャだと思い込めば落ち着くとか、そんな風に思い込みが実際の力を振るう世の中である。
試合に勝たせてくれる神というものがいると信じれば、それはもうそこに存在しているも同然なのだ。

とにかく、強い上に爽やかで、その上謙虚の塊のようなミツトオは大人気だった。
占いの儀式にあちらこちら引っ張りダコ、こっちでご機嫌を取られそっちで頭を下げられと、とても多忙な日々を送っていた。
ワーカーホリック気味のミツトオである。
が、今日は珍しいことに、久しぶりの休暇を取っていた。小学生も大好き、夏休みである。
みーんみーんと蝉の鳴く声を聞きながら古い日本家屋でリラックス。幸せに包まれ、畳でゴロンと寝転がっている。午後には縁側に出てかき氷でも食べようか、などとのんびり構えていた時だった。

リンリンと携帯電話が鳴って、ミツトオは少し慌てた。
今日は休暇。仕事用の携帯は電源を切ってクローゼットの中に封印中である。つまりこの電話はプライベート用……おや、妹から?

ミツトオの妹。
彼女はどんな人かといえば。例えるなら、そう。今まさにミツトオが食べようかと想像したばかりの純白のかき氷、それにブルーハワイとミントのシロップを垂らしたような、涼しげで気品のある女性……つまりとても綺麗で美しいひとだった。物腰も優しくて、誰もがふっとおしゃべりをしたい気分になることも間違いなし。
そしてそんな自慢の妹は、ミツトオの家の近所に住んでいた。
週末には食材を持ち寄ってバーベキューができる距離に暮らしていると言えば、兄妹二人の仲の良さがわかるだろう。
信頼関係も抜群の、素晴らしい兄妹だった。

もちろんミツトオは、彼女からかかってきた電話へ喜んで応答した。

「はい、もしもし。」
「あっ、どんぐり兄さんですか?」
「うんうん、そうだよ。で、ちょっと提案なんだけどさ。その呼び方、そろそろやめてみないかい?」
「ええっ。それは私にとってすっごく難しいことなので……もっと面白い名前を思いついてくれたら、やめますね。」

遠慮がちな提案と、やんわりな拒絶。
時節の挨拶がわりのいつものやりとり。詐欺電話に騙されることの未然防止も兼ねた恒例会話。
それで肩の力が抜けたところで、いよいよ本題に入る……かと思いきや、そうではなかった。

「あのですね。『どんぐり様と呼べ!』ってもう一度ふんぞり返ってくれたら、私すっごく喜びますよ。」

妹は、単なる様式美で終わるはずの会話を引っ張った。
え、と戸惑うミツトオ。
しかし彼もさるもので、これくらいの想定外には隙を見せずに対応してみせる。

「おい、忘れてくれよ。僕の若気の至りじゃないか。」

……隙を見せずに。

「いいえ!あれは本当にかっこよかったんですよ!レジェンドです!スーパーマンです!日曜日の戦隊ヒーローが言う人気ゼリフみたいになったの覚えていないんですか?!」
「うーっ、覚えてるけど、顔から火が出そうだよ……!」

……隙を………見せずに。

「だ、大丈夫ですか?この話やめましょうか?」
「う、うん。そうしてくれると嬉しいかな。」

ずんぐりしていて、チビだったミツトオ。
その分すばしっこくて鞠のように駆け回り、ピストルの弾も避けられそうなくらい丈夫な足とトラックを止められそうなほどの怪力の腕で相手をバッタバッタと薙ぎ倒してきた彼。
しかしもちろんのこと、彼は人間の範疇を超えていない。だから当然今のたとえは比喩であるし、幼い頃はもっと力も技なく、いじめられそうにもなった。
そして妹は、そんなミツトオ幼かりし時に起こったエピソードのことを語っているのだ。

『どんぐりやーい』とバカにされたミツトオ。
しかし彼は怒りもせずに相手をまっすぐ見据えて腕を組み、声高らかに堂々と言ってのけた。『どんぐりと呼ぶのは構わないけどね、仮にも僕は神に仕える占い師。呼ぶなら最後に様をつけるんだ。』
奇妙な威厳に気おされ声も出ないいじめっ子に、トドメの一言。

『おいっ!どんぐり様と呼べ!』
『はいっ。どんぐり様!』

勢いでその場をなんとかしたミツトオは、子供の頃からカリスマどんぐりだったということだ。
もっとも、今や大分柔らかくなった茹でどんぐりの性格をしているが。

……ふとした時に昔の面影が顔を出すとの噂だが、果たしてその真偽は……?

————閑話休題。

ちょっと抜けたところがある妹は、ミツトオとの会話にいきなりとんでもない爆弾をぶっ込んできた。

「あっ。そういえば、私が電話した理由がまだでした。実を言うとですね、どんぐり兄さん。ついさっき私の家の裏にある山でバトルジャンキーの極悪犯罪者が目撃されたらしくって、パトカーがその辺で赤い光をピッカピッカしてるのですけれど。」
「……へ?」
「今日に限ってうちの家の門のロックを解除してたんですよね。しかもなんか今、庭に取り付けていた警戒ブザーが鳴り出しまして。その、どんぐり兄さん。あなた得意の占いで、これから私にふりかかる運命が大丈夫かどうか確認してくれませんか?」

……いや、それはもう手遅れでは?
まさかこんな有事を前にして占いの相手を探し出して儀式でバトれとか、そんな呑気なことを自分は頼まれているのだろうか。
呆然とするミツトオを残して、「それじゃあ、またお電話します。」と電話は切れた。
ツーツーと虚しい停止音が鳴って、画面は真っ暗になる。

ミツトオの頭も真っ暗闇になりそうだった。

……と、その時。

ドカーン!!

外で大音量の爆発音が轟いた。まるで雷が避雷針を無視して古えの大樹に突っ込んで、バリバリメキメキ幹を壊した上に炎上させたかのようなすごい音だった。


……花火かな?


ミツトオは目を閉じて現実逃避をした。しかしリアルは無常である。

いったい何が起こったのか、ミツトオにはよくわかってしまった。
あれは占い師の決闘の始まりのゴングで使われる爆薬の破裂した音である。しかし通常の二十倍はある音量であり、その量の火薬に火がついたことを意味している。

(……そう言えばこの前、ちょうどそのくらいの量が倉庫から盗まれたんだっけ……。……アレだけ有れば鉄の車が一個丸々吹っ飛ばせるじゃんとか何とか、占い師仲間で冗談を言い合って笑っていたような気がするんだけど……。)

ミツトオが天を仰いだ、その時だった。近所によくいるかもしれないおせっかいタイプのジャーナリスト青年が、ミツトオの家にピンポン連打を仕掛けてきたのは。

「———大井さん!大変ですよ、居ますか、大井さん!」
「……えっと。」

インターホンに出ると、青年はミツトオに詳しい説明をしてくれた。
どうやら彼は現場の野次馬をした上でここまで全力ダッシュしてきたらしい。なんとも親切なことに、つい一分前の状況の解説なのだそうだ。


「———大井さんの大事なお姫様……ゴホンゴホン、えっと、妹さんが、大変です!向こうの家で、悪漢の人質に取られてます!警察に追っかけられて自棄になったんじゃないでしょうか。」
「……あ……うん、なるほど。爆弾は?」
「使い切ったんじゃないですか?家の壁に大穴が空いてましたけど、犯人の手にはスイッチとか導火線とか、とにかくそういうのはなかったですよ。」
「……ああ。」

(……ああ、なんだ。よかったじゃないか。)

ミツトオは安堵した。これ以上ないほどにホッとした。
その心情が顔と、何よりおざなりな返事に出たのだろう。
爆弾でぽっかり妹の家に空いた穴。そこから現場を覗き見をしたらしい正義の文筆家ジャーナリスト青年は、平然としたミツトオの様子を見て訝しげな顔をした。
そんな彼に、ミツトオの悪戯心が刺激されたのだろう、彼はおかしくて仕方がないといった表情を浮かべ、くすくす笑いながら低い声でこんなことを語ってみせた。

「いや、ふふふ、なんというかさ、爆弾で吹っ飛ばされたら終わりだけど、そうじゃなかったなら安心だよね?たかが男一匹であの子を人質にとるとかすっごく笑えるよ。馬鹿な犯罪者さんが気の毒で仕方ない。海を越えて、えっと……どこだっけ?芋とか練り物とかが美味しいって有名な大地で昔々に名高かった占い師、ウジナガあたりの奴じゃないと抑えてるなんて無理だよ。冗談でもない限り、とてもとても。」

訝しげに首を傾げる伊達メガネジャーナリスト青年。
彼はもう一度現場に行って事情調査してくることに決めたらしく、「はあ……」と眉をひそめながらその場を去った。
もちろん、もう一度現場検証に出かけるためである。
どこかしらん不気味だったミツトオの言動の秘密を暴くためにも、探りは入れなければならない。
百聞は一見に如かず。
真実、これまさに己の目で確かめるべしである。
さっと元来た道を走って戻っていった。


一方のミツトオはというと。
彼はよっぽど妹を信頼しているのだろう、大事な家族の危機に駆け出そうともしなかった。電話を取り出し誰かへ連絡をし始めたが、それだけである。

後のことは、カメラとレコーダーとスマホのメモ帳機能が愛人のジャーナリスト青年が全てを見届けるだろう。