夢を見た。茜に空が染まる頃、彼が千代の傍から居なくなってしまうと、泣いて縋った、幼い頃の。
『いつか絶対、迎えに来るから』
そう言った彼は、夜が明けると郷から居なくなっていた。
千代が泣いて泣いて、いくら泣いても、戻っては来てくれなかった。
千代は自分の頬が濡れていることに気付いて起きた。夜、あれほど月明かりが漏れてこないと思った本殿の中には壁板の間から朝日が差し込んで来ている。千代は白い寝間着を直し、薄い布団を小さく畳んで小さな社務所に帰った。
「ただいま戻りました」
玄関でそう挨拶をすると、祖母が迎えてくれた。
「どうやった。神様と会うたか」
にこにこと目じりに皴を刻んで祖母が言う。あれは神様だったのだろうか。一瞬で霧のように消えたあの人影。
「……会えた、ような気もしますし、そうでないような気もします」
「ふむ。それもええやろ。神様は何処にでもいらっしゃるし、ひとところには留まられない」
神様がひとところにとどまることはない。だが、水が欲しいこの郷に、なんとしてでも龍神様をお迎えしたい。そういう事なのだろう。祖母が笑みを浮かべて厨(くりや)へ行く。千代も、食事の支度を手伝った。
「昼餉の後、瀬楽に会いに行っても良いですか?」
食事中、千代は祖母に尋ねた。瀬楽が千代の生まれた季節を改めて祝ってやると言ってくれていることを祖母に告げると、祖母が微笑んだ。
「昼からは参拝の人もそう居らへんやろからええんちゃうか。朝は村の人が来はるからアカンけどな」
祖母の許しが出てほっとした。十八になって正式に巫女になったとはいえ、千代はまだ半人前だし何をするにも祖母に教えを請わなくてはならない。許しを得て、千代は安心した。村人に祝ってもらえるのもありがたいと思ったが、千代は幼馴染みの瀬楽に祝ってもらえるのを一番楽しみにしていたのだ。
「ただし、夜になる前には帰るんやで」
「はい」
千代は笑顔で祖母に応えた。