その夜、千代は初めて本殿で寝た。巫女になって神様にお目通り叶うようにとのことだった。
いかづちの郷の神社のご神体は水晶の珠だ。一般的に水晶は白いか透明とされているが、ご神体の水晶は蒼白い。ご神体は本殿の一番奥に祀られているため見ることは叶わないが、言い伝えでそうであると聞いている。千代は不思議と小さな本殿の中の空気が蒼く清涼であると感じた。季節柄のものではない。『何かの気』が漂っている。
(……誰……?)
千代は眠っていたわけではない意識を起こした。目を開くと黒々とした闇の中で、普通だったら壁の板木の隙間から見える月明かりさえ垣間見ることも出来ない。しかし、確実に『誰か』が『居る』と感じた。
千代が音をさせないように上体を起こすと、ご神体の前にうすぼんやりと何か影が見える。……人の形にも、見える。竦みあがりそうになるのを堪えて、その影を目を凝らして見た。
(お……、お化け……? ううん、それとも……)
「か……」
みさま。
つい、口が動いた。その瞬間に人の影のようなものは霧が蒸発するように消えた。
今の影が、神様なのだろうか。蒼白い後姿。長い白銀の髪に、白い着物。座って居たから背丈は分からないが、ぴんと伸びた背筋は厳かに見えた。
(神様、なのかしら……)
清涼で、あたたかな気配だった。とても千代の命を奪うとは思えない、やさしい気配。もし千代に『視る』力が備わっていたら、その気配の主と会話することが出来ただろうか。貴方はだぁれと問うたら、龍神だと応えてくれただろうか。
(神さま……。あなたは私をどうしたいんですか……)
千代は消えた影の居た場所に向かって、心の中で呟いた。