「私が、龍神様のお怒りが鎮まるまで祈り続けます。きっと龍神様は私たちの声を聴いてくださいます。だから、千臣さんに酷くするのは待っていただけませんか……」

このままでは怒りのあまり、千臣の首を落とすなどと言いかねない。千代は根気強く村人を説得し、漸くその許しを得た。早く解放してあげなければ、彼が殺されてしまうと思った。

(みっちゃん、待っててね。……私が助けるから……)

千代は社に保管してあった神楽鈴を取り出した。そして本殿へ向かい、扉の壊れた棚に収まっているご神体の水晶に向かってこれから奉納の舞を行うことを伝える。額を板床に擦りつけて祈ると、何処からか気配を感じた。

(……、これは巫女になった時の夜に感じた、あの気配……)

ほんの少しだけ、額を挙げて目を開ける。しかしあの時とは違って、其処には何の影も浮かんでいなかった。

そして数秒ののち、薄かった気配は空気の中に溶けて消えた。千代は顔を上げ、神楽鈴を手に取った。神社の境内の中で、奉納の舞が始まる。村人たちが固唾をのんで舞を待っていた。神楽鈴が、しゃん、しゃん、と鳴り響く中、千代は体を動かし始めた。

最初は左足。次に右足を出す。そのまま右足を前に出して、左手を体の横から前へすうっと流す。右手の神楽鈴を律動させて鳴らす。前に出した右足の横に左足を出し、体を前屈させ、今度は上体をゆったりと後ろに反らす。鈴がしゃらしゃらと鳴って、五色の飾り帯が弧を描いた。左足を前に蹴りだし、つま先を張る。ぴんと伸びたつま先からは足の裏に着いた砂が小さく舞った。

両手を大きく後ろから前へ。そして自分の胸のところまで引いて、千代は天に向かって歌を歌い始めた。

「神降り立ち降雨あり 
恵みの雨は龍と共に来 
いかづち刺さりて 
迎えさすは落つる御子 
碧天(へきてん)に圓光(えんこう)輝き龍一対 
龍は来(こ)し方に帰らん 
別つ神迎え御子の奏上にて 
郷降り立ちて降雨あり 
碧天も同じに」

(龍神様、お願いです…。お怒りを鎮めてください……)

砂利を蹴って上げた脚とともに、地面から円を描くように水が噴き出た。噴き出た水は弧を描いて地に帰る。二度三度、千代が地面を蹴り上げると、やはり同時に水が噴き出て弧を描く。この不思議な現象を、村人は目を見開いて魅入っていた。

体をやわらかく曲げ、両手を高く上げ、神楽鈴を繊細に鳴らし踊り続ける千代の周りを、まるで結界だと言わんばかりに水が舞う。水の結界の中では放電が起き始め、小さな稲妻が走るたびに千代の薄く紅を刷いた唇が濡れて光った。
時折、舞を踊る千代の汗が珠となって飛ぶ。それすらも水の演舞のように見えて、村人は言葉を発することが出来なくなっていた。