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千代は千臣と別れてから毎晩、庭先に落ちていた枝で千臣に伝言をしたためた。
――――ちおみさんがいなくなったさとは、とてもさびれたさとのよう。ちおみさん、すきです。
――――ちおみさんがすごしたはなれに、ちおみさんのけはいをさがしてしまいます。ちおみさん、すき。
――――なんねんもあわずにいたのに、たったみっかちおみさんにあえないだけでとてもさみしい。ちおみさん、だいすき。
とめどなく溢れる胸の内を毎晩毎晩したためて、時折返事があるのを心待ちにした。美しい文字で返事があると、その場で跳ねたいくらいの高揚感が千代を襲った。そんな、心浮かれる日々を過ごしていた時のことだった。
「千代、これは何をしてんのや?」
瀬良が神社にお供え物の野菜を持って来て、そう言った。瀬良を始め、村の人は文字が読めない。だから千代が何を書いたのかも理解できない。千代は千臣に対する恋文を見つけられた恥ずかしさを押し殺して、都人の真似事よ、とだけ言った。しかし。
「千代。これはなんだ」
瀬良と喋っていたその時、水凪がいつもの朝より早く、神社を訪れた。瀬良に見つかった地面の文字は、他の村の人が見ても意味が分からないミミズが這ったような跡でも、水凪には意味が分かってしまったのだ。
「お前、神嫁ともあろうものが、人間風情に現を抜かすとは何事だ!」
がっと肩を掴まれて、千代がよろける。その拍子に、千臣に貰った首飾りが着物の袷から飛び出た。……勾玉が光っている。
「お前、それを……!」
何故かハッとした水凪が千代の首飾りを奪い取ろうとした、その時。
バチっという音がして、勾玉が水凪の手を弾いた。稲妻が落ちたような音だった。衝撃に水凪が、うっ、と低く叫び、手を引っ込めるともう片方の手で包んだ。……水凪の目が、大桜の木の陰で蛇の目のようにギラギラしてる。
「おのれ、術を仕込んでいたか」
「……みずなぎさま……?」
「水凪様、どないしはったんですか?」
水凪の様子に困惑した千代と瀬良に対し、水凪が再び千代に襲い掛かる。
「それを寄越せ!」
水凪が千代に掴みかかろうとした、その一瞬前。千代を背後に、どこからか現れた千臣が水凪の手を薙ぎ払った。パン! と大きな音がして、腕ごと払われた水凪がよろける。
「千臣殿! まだ郷に居られたんか!」
千臣の登場に驚く瀬良に構わず、水凪と千臣が千代を挟んで対峙した。
「うっ! 泥棒猫めが! そこを退け!」
「なにゆえ千代を襲う。千代は巫女であると同時に、一人の人間だ」
「千代は俺と婚姻の契約を交わした! お前が立ち入る隙は無い!」
ギラギラとした目で千臣を睨みつける水凪に、千臣は静かに問う。
「神の名で人を縛り、生きざまを制限する方法が、本当に正しいのか。人は、心において自由であるべきではないのか」
「うるさい! お前ごとき、水に飲まれてしまえ!」