「千代?」

「アカン、千臣さん……。千臣さんがいくら約束を守ってくれようとしたって、私は水凪様と郷を繋ぐための巫女やもん……。お役目をおろそかには出来へん……」

郷の悲願だった龍神の降臨。水路も得て、後は雨を賜るばかりだ。それも先日、千代が正式に水凪の嫁となった今、後は時期を待つばかり。ここで水凪に逆らうわけにはいかない。郷の為、なにより幼い頃に両親を奪った旱を繰り返さない為。第二の千代を生まない為にも、水凪は裏切れない。

「千代……」

千臣が苦悩の表情で千代を見る。千臣の発する言葉、音ひとつでも、千代の心は千々に乱れる。

千臣さん! 千臣さん! 千臣さん!!

ああ、このままあなたの腕の中に抱き締めてもらったままでいられたら、どんなにいいだろう! 目が、耳が、心が千臣を求めている。いっときも離れたくないと、叫んでいる。なのに、彼がこのまま郷に残ると、水凪に対する無礼として、郷の人たちが仕置きをしに来るかもしれない。

「千臣さん、今ならまだ間に合います。郷から出て。もうここへ来てはアカン」

「千代。俺に昔の約束を果たさせないつもりか」

がしっと千代の肩を掴んだ千臣に視線を合わせられてくて、顔を背ける。本当だったら千臣との約束を守りたい。でも駄目なのだ。それは千臣だって分かった筈なのに。

「千臣さん。郷にとって千臣さんはただの旅人、いずれいなくなる人やけど、水凪様はこの先永遠に郷に水をもたらしてくださる神様や。そんなお二人を比べて、郷の人がどちらを排するか、分かりますよね?」

こんなことを言いたいわけではない。でも、千臣に何事かあったらと思うと、彼の安全を守りたくて出て行けと言ってしまう。

「千代。俺は、お前が俺を求めたこの土地で、お前が俺に求めたことをしたい。千代、お前が俺にして欲しいことを、聞かせてくれないか?」

千臣にして欲しいこと……。そんなの決まっている。でも、それは叶えられてはいけない願いだ。郷の人、過去の千代を裏切る行為になる。そう戒めているのに、目の前に恋い焦がれた相手が居て、千代は震えながら言葉を発してしまった。