そう言う訳で、朝餉の後に姿を現した水凪が、千代の農作業の手伝いに一緒についていくと言ったのも、黙って聞いていたのだが、水凪は千代をぐっと抱き寄せると、まるで千代が嫁であることをみせしめんとするかのように、好戦的な目つきで千臣を見やり、にやり、と意味ありげな笑みを浮かべた。
すると、千臣は何を思ったのか、璃子が体に触れようとするのをするりとかわし、つかつかとこちらの方へ歩み寄って来た。厳しい眼差しでこちらを睨み、千代たちの目の前で足を止めたかと思うと、パシッと千代の肩を抱く水凪の手を払いのけた。
「!」
「千臣殿! 一体何をなさるんや!」
「神様に向かって、やってエエことと悪いことがある!」
「控えられよ!」
千臣の行いに郷の人たちが抗議する。一方、驚いて声の出なかった千代に対し、水凪は冷静に、なにをする、と地を這うような声で応じていた。殺気立っているように感じるのは、千代の思い違いだろうか。
「千代は、なれなれしい態度を嫌う。千代を想うなら、そのような行動は慎まれるべきだ」
「千代は昨日、我が妻となった。赤の他人がとやかく口を出すことではない」
一瞬、二人の間に火花が散ったように見えたが、そんなのは千代の勘違いなのである。大体、水凪はこの郷で確固たる地位を得ており、たかが旅人風情の千臣に対抗心を持つはずもない。また千臣も、千代に水凪への気持ちを確認させたことでも分かるように、神を迎える巫女としての行いを促している。両者がにらみ合う理由は何処にもないのだ。
千代の考えの通り、千臣は直ぐに水凪に謝罪した。
「……申し訳ない。ムキになりすぎた。俺が敬遠されたからといって、水凪殿がそうであるはずがなかった」
「ははは。気にするな。俺は気にしていない」
千臣の突然の敵対的な行動を許すという水凪はやさしい。神様が千臣のことを罰しなくて良かった。千代の心にあったのは、ただ、それだけだった。