翌日、光裳の畑へ手伝いに水凪が付いてきた。光裳の畑に何か用事かと思って一緒に歩いていたら、光裳が家から出てきた後ろから、璃子と千臣が出てきた。璃子は千代に気付くと、千臣に絡めていた腕を一層ぎゅっと巻き付けた。飲み込み切れない感情が喉から飛び出しそうになったが、ぐっと手を握ることで堪える。

(こんなことではアカン……。いっそ千臣さんがこの郷を離れてくれれば、いくらかは……)

そうだ。千臣さえ居なければ、心は乱れない。そうすれば、千代は自分を快く受け止めてくれた水凪に自らを捧げることが出来るだろう。そう苦く思っている千代に聞こえるように、璃子は千臣に話し掛ける。

「千臣さん。今日も都の話をしてくださいな」

「さて、璃子殿のお気に召すような、なにを話せばいいのか」

瀬楽に想いを寄せ、水凪にも秋波を送っていた璃子なのに、今は千臣に夢中のようだった。相手にしなだれかかり、顔を覗き込むようにして言う璃子のさまは、郷の皆が魅力的だと噂するそれだ。きっと千臣もそう感じた筈。そう思って俯く千代の肩を、水凪が抱いた。驚いたが、表面上は平静を保つ。

「千代。昨夜は楽しかったな」

急に水凪が千代に話を向けたので、肩を抱かれているむずがゆさを我慢して、応えた。

「そうですね」

本殿の修繕が終わったあと、千代は水凪と二人で石投(いしなご)で賭けをした。賭けで負けた方が、一日言いなりになる、というものだったが、水凪は器用に石を操り、見事千代に勝利したのである。巫女修行にいそしんでいた千代は、石投も賭けも初めてで、とても楽しかった。