「なにゆえ、婚儀の夜に神社の修繕など……」

水凪がブツブツ言いながら本殿の壁板の穴を塞いでいる。千代も手伝って板を押さえたり、くぎを用意したりした。

「申し訳ありません。古い建物ですので、傷みが激しくて……」

千代が恐縮していると、仕方あるまい、と水凪が千代を励ました。

「我が分身を収める社だ。俺が修繕する意味もあろう」

「恐れ入ります」

継承の儀を行った日の夜にこの場所で寝た時に差し込んでいた月の明かりが、塞がれていく。建物の中に水の気配が充満してきて、それがご神体によるものだと千代は理解した。清涼な空気に、千代は初めて本殿でご神体と相対した時のことを思い出した。

「……水凪様。私、水凪様とお会いする前にここでひと晩過ごしたことがあるんです。巫女を継いだ時の習わしだとかで、初めて神様のお傍に侍って、緊張したはずなのに、守られてるように感じたんです」

「千代は俺に嫁ぐと定められた子だから、特にそうだと感じたのだろう。そんなに前から俺に守られていながら、時にお前は俺の思い通りにならんな」

苦笑しながら水凪が言うので、何のことだろうと思った。

「文字のことだ。歌の意味を知っても、俺と番うことは変わらなかっただろう? 運命というのはそういうものだというのに、歌を知って、お前の中で何が変わったんだ」

水凪の疑問に、千代は答える。

「でも、分かったこともありました」

「ほう? なんだ、言ってみろ」

千代はこくりと頷くと、言葉を続けた。

「私は十八の巫女継承の議を経て、神様……、つまり水凪様をお迎えすると聞いてきました。それは郷に雨を賜る為であり、郷の人の願いやった。でも、水凪様を郷にお迎えしても、私が水凪様に自分を捧げると奏上しない限り、雨を賜れないのだと、歌を知って、知ったんです。歌を知らへんかったら、いつまでたっても水凪様に自分を捧げることもせんと、ずるずると何もしないままでおったかもしれへん。そう思うと、歌を知って、良かったんやと思います」

水凪を見つめて言う千代を、水凪はじっと見ていた。そして千代の言葉を聞き終えると、そうか、と小さく呟いた。

「俺のものになるのだと、今日の舞で決めたのだったな。であれば、お前は俺のものであり、俺はお前のものだ。互いが持つものを互いのものとし、これからこの郷を守っていこうではないか」

神様を自分のものとはとても思えないが、水凪の心遣いが嬉しかった。嬉しくて、その場で頭を下げた。

「は、はいっ。不束者ですが、よろしくお願いします!」

「はは。千代は真面目だ。そこが良い」

夕闇に水凪の笑い声がこだました。