神楽鈴を持つ手が震える。鈴を鳴らしては駄目だと思って柄をぎゅっと握り、五色布に手を当てる。すらりと立ち上がり、鈴を右手に、五色布を左手に持ち、頭上に掲げる。高く硬質な鈴の音が田植えを終えた田んぼの上空を流れて、そのまま森に吸い込まれて行く。



かみおりたちこううあり
めぐみのあめはりゅうとともにき
いかづちささりて
むかえさすはおつるみこ




舞う手足が小刻みに震える。声が喉に張り付くようだ。慣れ親しんだ舞と歌なのに、まるで初めて行う行事のように緊張している。郷の人たちの視線を魅了する一方で、千代は淡々と注がれる一つの視線を背に、舞っていた。千代を背後から、水凪を正面に見ているのは、千臣だ。千臣の視線が水凪を見ているのか、千代を見ているのかの判別は付かなかったが、千臣の視界に自分の水凪への舞が映っているのだと思うだけで、心が圧し潰されそうになる。

シャラン。

ひやっと背中を汗が伝う。鈴を操り損ねた。見とがめられてはいないだろうか。村人に。何より、水凪に。

水凪は拝殿の正面に立ち、千代の舞をじっと見ている。失敗を見透かされたような気持ちになって、一層肩に力が入る。ぎゅっと握った神楽鈴の柄が、手の汗で滑りそうだ。



さとおりたちてこううあり
へきてんもおなじに



シャラン、シャラン。

なんとか無事に舞い終えて、地面に手を付き、水凪に対してこうべを垂れる。水凪が鷹揚に頷いて、千代の前まで降りてきた。そして千代を横に立たせると、朗々と宣誓した。

「これにて、婚姻の儀を成したこと、ここに宣言する。これにより和泉の神社の千代は、神の巫女とあいなった」

水凪の言葉に村人は歓声を上げた。千代は目を丸くして、水凪を見る。『落つる巫女』とは、水凪の手に堕ちた巫女、という意味だったのか。道理で水凪が自ら千代を求めようとしなかったわけだ。自ら婚姻を求める舞を踊ることは千代に羞恥をもたらしたが、それはそれで必要な行いだったのだ。神は与えるもの。人とは道理が異なるのだ。

ふと。鋭い視線を感じた。境内に集まった郷の人たちに紛れてそこに居た、千臣の視線だ。まっすぐに千代を……、水凪を見、そして郷の人たちが湧きたつ中、神社を去って行った。

今の、千臣の視線は何を意味するのだろう。水凪のことを好きなのかと確認した千臣に、水凪と千代の婚姻を否定する権利はない筈だ。千代が思案していると、水凪が千代の肩を抱き、鳥居を出る。

「みなのことほぎに感謝する。これより郷の畑(はた)に祝儀の水を配していく」

水凪が歩いていくさきざきで、畑の土が湿り気を帯び、郷の人を喜ばせた。