その夜、千代は夢を見た。幼い自分が夕暮れ時に誰かと一緒に遊んでいる夢。



『ちーちゃんはえらいなあ。嫌なお務めもちゃんとこなしてて。僕、考えを改めるよ』

『みっちゃんやって、自分がお務めせえへんかったことで自分じゃない誰かが死んでまうってことになったら、お務め頑張ろうって思うよ。私かて、ホンマは怖いねん。でも、郷の人が死んじゃうのは、もっと嫌やねん。おとんやおかんが死んでもうた、あんな旱(ひでり)はもう嫌や』

祖母の口寄せを見た後、千代は怖れを持ちつつもお務めに従事した。逃げ出したいと思ったこともあったけど、その度に思いとどまった。ひたすらに一度経験した逃亡への罪の意識、それから両親の死を繰り返さない為、郷の人の為にだった。千代は行動の源を明かさなかったが、みっちゃんは千代の努力を褒めてくれて、自分も修行を頑張る、と言ってくれた。

『でも、修行するには帰らなきゃいけない。ちーちゃんと離れるのは寂しいなあ』

『えっ、みっちゃん、どっかに行ってまうの? 行っちゃいやや。いつまでも千代と一緒に居ってほしい』

『それは出来ないんだ。でも、ちゃんと修行を終えたら、戻ってくる。ちーちゃんの事迎えに来る』

これ、約束の印。

みっちゃんがそう言って差し出したのは、綺麗な勾玉の首飾りだった。千代の首にそれを掛けて、みっちゃんはにこお、と笑った。

『僕の事、忘れないでね。いつか、必ず迎えに来るからね』

『嫌やあ、みっちゃん、居なくなっちゃいややあ……』

ぽろぽろ泣く千代の頭を、みっちゃんはいつまでも撫でてくれた。



ふぅ、と漆黒の闇の中、意識だけが浮かび上がる。目の前に開けた闇の向こうに粗末な家の屋根が見えて、今自分が寝ていたことを知った。隣を見れば、祖母が穏やかな寝息を立てて寝ていて、その向こうの簡素な戸の向こうからは壁のすき間からうっすらと朝日が昇りはじめているのが分かる程度には光が弱く差し込んでいた。

追憶のはざまに忘れていた記憶が、夢の中に現れていた、と感じた。幼い頃の約束は、千臣に教えてもらった通り、千代を迎えに来る約束で締めくくられていた。だとしたら、夢の中の彼こそが千代を迎えに来ると決められた神さまだ。幼い姿だったが故に、彼を神さまだと思うこともなく、千代は彼を慕っていた。

(あの子が水凪様やったんやわ……)

『みっちゃん』と親し気に呼んで、子供の頃、よく一緒に遊んでいた。瀬良も一緒だったから、きっと思い出したこの話をしてやったら、思い出話に花が咲くかもしれない。今日会ったら、話してみよう。

ふと。水の香りがした。外を水凪が歩いたのかもしれない。