好き。
その響きは千代の心に大きな波を立てた。どくんどくんと心臓が跳ねているのが分かる。何故、こんなにも千臣に水凪のことを尋ねられて動悸が跳ねるのか、千代は己に問うて考えた。
好きか嫌いか。簡単に言ってしまえば、水凪のことは好きだ。郷の為に水路も引いてくれたし、千代に強引な態度を取らないところも貴人のようだ。ただ、千臣が言った『好き』という言葉によって露わになった、今、胸に騒ぐこの感情の揺れこそが、その言葉の本当の意味なのではないかと、千代は思い至った。そう言う意味では、千代の心の中にある『好き』は二つあるのだと理解した。水凪に向かう『好き』と、……それ以外の、『好き』。静かな黒の隻眼が、千代の本心を窺うように見つめている。その目を見て、己を顧みた時、千代は自分の心の奥底に潜んでいた波打つ気持ちに気づいた。
(私は、もしかして千臣さんのことを……)
そのことに気付いた時、千代はさぁと血の気が引く思いがした。思いもしなかった事実に愕然とし、これを認めては駄目だ、と自らを断じた。自分は巫女。神さまに尽くすために居るのだ。神様以外の人に、心を預けてはならない。
水凪の降臨以降。未だ雨がない。千代がこの気持ちを認めてしまったら、これまで培ってきた水凪との信頼関係、郷の人たちからの期待、なにより千代自身が渇望している十五年前の飢饉の再来の回避が全て水泡に帰してしまう。水凪が千代を未だ求めないことにどういう意図があるのかは図れないが、千代はいずれ水凪と婚姻の議を執り行う。自分のこの気持ちに、行き場はない。ならば、自らの立場に相応しく、捨てるのみだ。
「……そう、ですね。……そう、……なんやと、思います……」
俯いて答えた千代に、千臣は静かに、そうか、と呟いた。どんな表情をしていたのかは、見ていない。淡々と応じられたことが、思った以上に辛かった。
その響きは千代の心に大きな波を立てた。どくんどくんと心臓が跳ねているのが分かる。何故、こんなにも千臣に水凪のことを尋ねられて動悸が跳ねるのか、千代は己に問うて考えた。
好きか嫌いか。簡単に言ってしまえば、水凪のことは好きだ。郷の為に水路も引いてくれたし、千代に強引な態度を取らないところも貴人のようだ。ただ、千臣が言った『好き』という言葉によって露わになった、今、胸に騒ぐこの感情の揺れこそが、その言葉の本当の意味なのではないかと、千代は思い至った。そう言う意味では、千代の心の中にある『好き』は二つあるのだと理解した。水凪に向かう『好き』と、……それ以外の、『好き』。静かな黒の隻眼が、千代の本心を窺うように見つめている。その目を見て、己を顧みた時、千代は自分の心の奥底に潜んでいた波打つ気持ちに気づいた。
(私は、もしかして千臣さんのことを……)
そのことに気付いた時、千代はさぁと血の気が引く思いがした。思いもしなかった事実に愕然とし、これを認めては駄目だ、と自らを断じた。自分は巫女。神さまに尽くすために居るのだ。神様以外の人に、心を預けてはならない。
水凪の降臨以降。未だ雨がない。千代がこの気持ちを認めてしまったら、これまで培ってきた水凪との信頼関係、郷の人たちからの期待、なにより千代自身が渇望している十五年前の飢饉の再来の回避が全て水泡に帰してしまう。水凪が千代を未だ求めないことにどういう意図があるのかは図れないが、千代はいずれ水凪と婚姻の議を執り行う。自分のこの気持ちに、行き場はない。ならば、自らの立場に相応しく、捨てるのみだ。
「……そう、ですね。……そう、……なんやと、思います……」
俯いて答えた千代に、千臣は静かに、そうか、と呟いた。どんな表情をしていたのかは、見ていない。淡々と応じられたことが、思った以上に辛かった。