千代は朝の務めを終えて一旦、社務所(いえ)に戻った。朝餉を祖母と囲んでいた時、祖母が明日のことを千代に確認してきた。
「明日は村人総出で祝ってくれるそうや。お前も気持ちを整えておきなさい」
「はい」
千代は桜咲く春雷の日に生まれた。それ故、千代の奉職式は季節の区切りと言うことで、桜が咲いてから行われる。だから瀬楽からは、生まれた季節を奉職式とは別の日にお祝いしてあげると言ってもらっている。
朝餉を終えて明日の儀式の為に千早に風を通すために物干しに掛けた。その様子を見た村人から声が掛かる。
「千代、いよいよ明日やなあ。俺も楽しみにしとるからな」
「神様をしっかりお迎えせなあかんでなあ。頑張るんやで」
ありがとうございます、と村人の祝いの言葉に頑張って作った笑みを返す。すると、其処へ通りかかった村の娘たちからの聞えよがしの声が耳に届いた。
「千代は神様をお迎えするからって村中からちやほやされて良い気になってるみたいやわ」
「私やったら神様に一生を捧げて、好きな人と結ばれないのは嫌やわあ」
「そうやな。私、巫女でなくて良かったわ」
きゃっきゃと賑やかに娘たちは神社を通り過ぎていく。千代は幼い頃から特別な巫女として育ってきたため、同じ年頃の友達と言ったら幼馴染みの瀬楽ひとりだけだった。その瀬楽に対しても想いを寄せている娘が居るので、千代は村の娘たちにあまりよく思われていない。
祖母の神降ろしの行事を見て以来、自分には瀬良しか頼る者がいないことは身に染みて良く分かっているが、神降ろしの巫女として大人にばかり囲まれているのではなく、年頃の娘として、女友達と恋話をしたり、異性と恋に落ちてみたかった。しかし明日、巫女の奉職式が行われれば、その望みももう持てまい。正式に巫女となった後には、きっと神様をお迎えする準備に入る。千代の人生は終わるのだ。
千代の胸元の勾玉の首飾りに陽の光が当たって弾けて消えた。