「ところで、歌の解説だが」

千臣が地面に落ちていた木の枝を拾って戻って来た。

「千代が歌っていて分からない言葉を紐解いていこうと思う」

「はい」

千代はいろは歌が書かれた紙を持ったまま、居住まいを正してその場に座った。

「『かみおりたちこううあり』。この中で分からない言葉はあるか?」

いろは歌の文字で歌をたどたどしく辿りながら、千臣の問いにも答えていく。

「『かみ』……は、神さまのことでしょうか」

「そうだ。この場合の『かみ』はこう書く」

そう言って、千臣は地面に木の枝でザリザリと直線と曲線で模様を描いた。いや、模様だと思ったものが『文字』だったようだ。手に持ついろは歌の中にはどこにも見当たらない。不思議な気分をもって『神』と書かれたその模様に、千代はじいっと見入った。左側の細長い形は兎も角、右側に描かれた四角がつながった形は、雑穀団子を並べたようにも見える。

「……この形が、神さま……」

「そうだ。この右側の形が雷をかたどっているといわれている。雷を古い言葉で『いかづち』というから、この文字はこの郷に所以のある文字だな」

雷を……。

「……雷には、見えへんですね……」

正直な千代の感想に、千臣はふふっと笑った。

「かなり形が変わっているからな。しかし、この郷を語るのにとても意味ある文字だ。俺と一緒に書いて、覚えるといい」

そう言って千臣は千代に木の枝を持たせた。千臣の節ばっているが綺麗な長い指と比べると、自分の小さくて荒れた指が恥ずかしくて、千代は地面を見る振りをして俯いた。千臣は何も言わずに千代をちらりと見て、それから千代に外に出るよう促した。そして二人並んで地面を見つめる。

「俺が書いて見せるから、真似てみるといい。まず、点。そして、こう……横に少し引いてそれを払う」

「払う?」

「このように、すっと枝で地面を撫でると出来る」

サッと千臣が枝を払って見せるのを真似て、千代も書いてみる。

「そう、上手だ。そうしてその払いの横に点を打ち、縦に一本。そして、雷の部分だ。これは真っすぐな線ばかりだから分かりやすいだろう。縦、横に引いて曲げて縦。その中に横、そしてその下にも横の棒を引く。最後に突きさす形で縦だ」

褒められて力が湧く。どくんどくんと、心臓が鳴っているのが分かる。初めてのことに興奮しているのだ。耳の裏が熱い。手のひらに心臓が宿ったみたい。興奮に体温が上昇して、手が汗ばむくらいだ。

千臣の引く線を真似て線を引き、最後にググっと力を入れて一本線を書ききると、それはいびつながらに千臣の描いた『神』という文字に似ているような気がする。