「千臣さん、力仕事で傷が開きましたか? あとで薬を塗りましょうか」

「いや、本当に水が上ってくることがあるのかと、真剣に見入ってしまっていた。力が入っていたかもしれないが、大したことではない。気にせず水凪殿を連れて行ってくれ」

千臣がそういうので、ありがたく水凪の世話をする為に神社へ戻った。

水路の水が入った知らせは祖母にも届いていた。祖母もありがたいことや、と感謝していた。

「龍神様がいらしてくださってから、郷が全ていい方向に流れとる。事象を流転させることも龍神様のお力と考えとったが、不作に苦しみ、澱んどった郷の気が流れとるのが分かる。ありがたいことや」

「郷の為に力を使った。そこで、我が分身と対面したいと思う」

分身? ご神体のことだろうか。

「は、はい、是非」

千代が焦って言うと、祖母が千代に声を掛けた。

「千代。お前も一緒に行きなさい」

「先代」

キロッと水凪が祖母を睨んだが、祖母は穏やかな顔をして水凪を見た。

「千代は継承の議を行って日が浅く、まだ神様の為に出来ることが少ない。出来れば付き添わせてやってほしい」

祖母がそう言うと、水凪は仕方なしに頷いた。神社の本堂の扉を開き、水凪と一緒に中に入る。ご神体は以前千代が棚に仕舞った時と変わらず、その姿を見ることは出来ない。だが、千代はその場に満ちている水流を感じるような空気に気圧されていた。水凪に触れられた時も体を伝って水の気配が流れたが、これほどではなかった。やはり神様本人と、神さまの分身が出会うと、こういう気配になるのだろうか。

戸惑って隣の水凪を見やれば、厳しい眼差しで棚の奥を見透かそうとしている。何か、ご神体と水凪の間でやりとりがされているのだろうか。

「水凪様……」

心配して呼びかけると、水凪はふっと表情を和らげて千代を見た。

「もうよい。行くぞ」

水凪はそう言って千代の肩を抱いた。足の裏から、すうっと背を伝って上ってくる、水の気配。神力の化身であるご神体と、神の現身である水凪という微妙な違いからか、少し本殿を満たした水の気配と違う気がした。