「水が!」

「上って来とる!」

「水凪様!」

「素晴らしい!」

水は生き物のようにパシャパシャ跳ねながら斜面を登り切り、そしてあとは平坦な郷に掘った水路を流れていくばかりだった。水の流れを追って、郷の人たちが駆けていく。あちこちで田畑に水が入り、郷は大騒ぎだった。水が自分の田んぼに到達したことを見届けた郷の人たちが斜面を下って川の傍に居る水凪を囲んだ。水凪は力を使ったからか、ややぼうっとしている。

「水凪様、ありがとうございます! これで作物が育ちます!」

「もう旱とはおさらばや!」

「水凪様?」

やはりぼうっとしているらしい。郷の人が口々に水凪の名を呼んでも反応しない。

「千代! こら何を突っ立っとる! 水凪様のご様子がおかしいんや! 巫女で嫁のお前がなんとかせなあかんやろ!」

「はっ、はいっ!」

千代は呼ばれて弾けるように斜面を降りた。そこで郷の人に囲まれていた水凪に声を掛ける。

「水凪様、どうされましたか? お疲れですか?」

そっと手に触れれば、今まで水を操っていた名残と思われる、水凪から千代に伝わってくる水の流れを感じた。そこで水凪は初めて千代に気付いたようだった。

「……千代か……」

こんなにぼんやりした目の水凪は初めて見る。相当力を使ってしまったのだろうか。

「はい。郷の為にありがとうございました。少しお休みになられますか?」

水凪から見る千代の背後には、斜面を登っていく水の流れ。ぼうっとその様子を見た水凪が、ぼそりと呟く。

「水、……が……」

「はい。水が上って行っております。水凪様のお力は凄いですね」

微笑んでそう言うと、水凪はやっと肩の力を抜いたように、はあっと盛大に息を吐いた。

「よかった……」

良かったとは、どういう事だろう? 水を上下逆流させることは、そんなに難しいことだったのだろうか。だとしたらとんでもないことを頼んでしまった。

「水凪様、大変お疲れ様でした。あとで労いの馳走を作らせていただきます。まずは神社に戻ってお休みください」

「あ、……ああ、そうだな……」

千代が水凪の体を支えようとしたら、瀬良が降りてきて手伝ってくれた。斜面の上まで上り切ると、ちょうど千代の目の前で、千臣がその場にしゃがみこんだ。