千代の人生は生まれた時から決められている。だからそれに対して良いも悪いもなく、ただ受け入れるばかりだった。子供の頃の無責任な行いは、あれ以降千代の心に浮かぶことはなく、ただ淡々と郷の為に尽くすことだけを考えてきた。降臨された神さまは千代を乗っ取ることをせず、千代のこの先の人生を求めてきた。千代の自我が保証されたのに、この先の時間を差し出すことくらい、なんてことはないだろう。なのに。

そんな人生と違う景色が見てみたいと思ってしまう。文字を知って、知らなかったことを知り、もっと豊かに暮らしてみたい。そんな欲が千代の中に湧いて出ていた。

そんな物思いにふけっていた時、休憩していた郷の人たちが次々立ち上がって水凪を呼んだ。

「水凪様! ご覧ください、水路が出来ました!」

「千臣殿が怪我人だったとは思えんほど、よう働いてくれまして」

どうやら神社から水凪がやってきたようだった。千代も振り向くと、斜面の下の川と郷の高台を結ぶ、まだ水の通ってない水路を見て、ほう、と呟いた。

「水凪様、この水路に水を満たしてください!」

「わしらの長年の望みやった水路になりますよう」

「低い所から高い所へ水が流れるなんて、ホンマに出来るんですか?」

郷の人たちが口々に水凪に声をかけていると、水凪は集中した様子で斜面を降りていき、川の脇に掘られた、水が流れ込んでいない水路に手をかざす。

ぐっと、水凪のこめかみに力が入ったのが分かった。腕を持ち上げ、手のひらを斜面に沿って斜め上に持ち上げる。千代は、今、斜面の下で流れている川の水に、『力』が加わったことを感じた。

これは今、水凪が水流を曲げようとしている力。だけどその力の波動を、斜面の下から上に持ち当てるようにではなく、斜面の上から引っ張り上げているように感じる。

千代が力の源について混乱しているうちに、川の水が斜面をググっ、ググっ、と昇り始めた。千代はその現象に目を丸くし、周囲の郷の人たちは大きな歓声を上げた。