やがて千臣の怪我も完治し、田植えの前に完成させようと水路の掘削が始まった。他の用水のように井堰を必要としないというので、まず農具を使って斜面の下に流れる川と、郷の人それぞれの田畑を結ぶように浅く広めに溝を掘り、それからその溝を深く掘り起こした。この作業がわずか五日で終わったのは、ひとえに千臣が村人の三人分を働いたからであった。その働きぶりは同年代の瀬良をも上回り、村人にとても歓迎されて、このまま郷に住まないか、などの冗談まで飛び出したほどだった。

「はは。そんなに担がれても何も出せませんよ」

「いやいや、やはり若い者は力がある。瀬良も良く働くが、千臣殿の速さには及ばない。水凪様の水を操る力に、千臣殿の腕力。どちらもこの郷にあって欲しいものだ」

そう賑やかな昼の休憩をしている男衆の所へ、握り飯を持って女衆が集まった。

「千臣さんの活躍で、思うたより早く水が引けるわね」

そう言って千臣に握り飯を差し出すのは璃子だ。千臣が受け取ると璃子は満面の笑みで続ける。

「千臣さん、もうこのままこの郷に住んでしまえばええのに。郷の人も千臣さんの働きに感謝してはるし、悪い待遇にはならないはずよ」

そっと千臣の腕に触れる璃子をさらりとかわして、千臣は瀬良の隣に腰を下ろした。

「それは瀬良殿に失礼というものだ。今まで瀬良殿が若者の中心となって郷を支えていたというではないか。璃子殿はまず瀬良殿に感謝すべきだ。そうは思わないか、瀬良殿」

「え……っ。せやって、自分の住む郷の為に力を尽くすんは当たり前やし、それは感謝されるもんでも何でもあらへんと思うけど……」

「はは。瀬良殿も慎み深い性格なのだな」

千臣は瀬良をそう評した。『も』とは、どういう意味だろう。

「まあ、千臣さんは私のことを、慎み深くない、と言わはるんですね。でも、自分の言いたいことを言えないなんて、私は嫌やわ。黙っとたって、人にはなんにも通じぃへんですもん。せやったら、自分の希望を言うた方が自分の思いが叶うやない。私、自分の人生は自分で叶えるって決めてるんです。せやから、これからも望みは口にするわ」

ハキハキと生き方を語る璃子を、千代は眩しい目で見ていた。璃子がいつも自信に満ち溢れているのは、口にする言葉に嘘やへりくだりがないからだ。自分と正反対の璃子を見て、羨ましいと思ってしまうのはいつものことだったが、今回は特に心に刺さった。

何故だろう、千臣をまっすぐに見てそういう璃子のことを、羨ましいと思ったのだ。