「はは。こんなくたびれた旅のものを持ちあげても、なにも出ないぞ」

「そっ、そう言う事ではなく……」

千臣を一目見た璃子の入れあげようも凄かったし、傷が癒えて村を歩くようになればあっという間に娘たちに囲まれるだろう。水路の発案の件を見ても、村人に対して協力的なところも好印象だ。

それに、千代のことを神様と郷を『結ぶ』者として見る村人が多い中、千臣は千代が自我を持つことを許してくれているような気がする。村人ではないからなのだろうが、『橋渡し』としてしか自分を見られなかった千代の弱いところを、千臣は救ってくれた。自然と口許が緩む。

「どうした。なにか面白いことでも言ってしまったか」

「あ、そう言うわけではないんですが」

慌ててさらに村の中を案内しようと歩を進めると、璃子とその友達たちに出会った。璃子は千代とその隣にいる千臣を見比べて、ふうん、という顔をした。

「なんだ、千代も油売ってるんやない」

そう言われてしまうと、そうとしか言えない。千代の仕事は巫女のお務めだから、際限がない。

「そ、……そういう、わけ、……じゃ……」

ない、と言い切れないところが、千代の弱い所だ。特に、きつい物言いには言い返す勇気がない。其処へ千臣が助け舟を出した。

「千代は今日も一日ちゃんと働いていたよ。きちんと仕事は終わらせているんだ」

千臣の言葉が向かった璃子はぱっと表情(かお)を変えて、千臣に笑顔でこう言った。

「千臣さん。千代のお守りは退屈でしょう。私たちと一緒にいらっしゃいませんか? 今から友達同士で歌を詠むんです」

「ほう、風流なことだ」

「千臣さんの都の話を聞いて、皆でやってみようということになって」

成程、今まで村にそんな風習なかったと思ったら、璃子たちが新しく始めた遊びだったのだ。楽しそうな話に羨ましく思っていると、再度璃子が千臣を誘った。

「ですから、ご一緒に如何です?」

しかし、千臣は簡単に璃子の誘いを短く断った。

「いや、遠慮しておこう」

「どうして? そんなに千代と一緒が良いの?」

明らかに不満そうな表情と声。きつく睨む視線が千代に来た。……身がぎゅっと縮むようだ。

「そうだな、千代と居ると居心地が良いんだ。千代の人となりがそう思わせるんだろうな」

まるで自分たちを侮蔑されたかのように、璃子たちの顔に憤りが露わになった。

「そ……、そうね。千代は神様をお迎えするんやから、当然でしょうね」

言外に千代の千臣を慕う心を蔑んで、璃子たちは去って行った。

(……そう、やわ……。私は、水凪様に、お仕えする身やもん……)

嵐が過ぎ去ったような村の一本道で、独り沈む千代はぼんやりと去って行った璃子たちの方を見ていた。

「……行こうか?」

千臣が促してくれなかったら、ずっとそこに立ち尽くしていただろう。千代の歩みを促してくれる千臣のことを、千代はやさしいと感じた。